M&Aはイベントではなく、プロセスである

 さて、最初に認識すべきことは、経営にとってM&Aとは遠大なプロセスである、ということだ。企業買収自体は契約の成立や資金の払い込みによって完結するものであり、両社トップによる記者会見という華やかなイベントに映る。しかし実際にM&Aとは、戦略の立案、交渉を含む買収の実施、そして買収後の事業統合(Post-Merger Integration, PMI)という長い時間軸上のプロセスであり、その間にさまざまな障害や罠が待ち受けている。そのため、企業買収を成功させることは容易ではない。まして、経営体質が全く異なる海外企業の買収においては、その難度はさらに増すことになる。早速、M&Aの3つのステップを順に見ていきながら、各段階における勘所を探っていこう。

 第1段階:戦略の立案

 当然ながら買収は手段であり、その前に事業戦略がなければならない。ただし、いくら緻密な戦略を構築しても、その戦略にぴったりあった買収相手など容易に現れることはない。そのため現実には買収先候補によって柔軟に戦略を調整していく必要がある。ここに最初の関門がある。多くの場合、手段であったはずの買収が自己目的化していくのだ。実際に目の前に候補企業が現れると、当初の買収戦略を相手企業に合わせて組み直していくことになる。すると、今度はその戦略を正当化するために買収後のシナジーを過大に見積もる羽目となり、いつの間にかバラ色の成長シナリオを描き始めることになる。このような前のめりの状態なると、まずは買収価格が上振れていくだけでなく、そのまま交渉に入って相手に足元を見られることになる。

 特にここで注意を要するのが、欧米の企業は所有と経営の分離が明確であり、相手側経営陣と意気投合しても、所有者の立場を代表する取締役会が納得するわけではない点だ。取締役会は、既存株主にとって少しでも有利な売却条件を獲得するために、買い手の立場や思い入れを見透かして強かな交渉してくる。そのため、入れ込み過ぎは買収前の戦略構想段階で、既にM&A失敗の要因を抱え込むことになる。これを回避するためには、まず買収の目的を明確にすることが基本となる。同時に極めて重要なことは、その買収目的を達成するための買収後の事業計画、つまりPMIのイメージがこの段階で明確になっていることだ。これが、次の実施段階を乗り切るポイントになる。