第2段階:M&Aの実施

 M&Aの実施段階は、売り手との交渉を通して、価格を含めた買収戦略の全体骨格を確定するフェーズになる。言うまでもなくM&Aの全体プロセスの中の要所となる。もちろん妥当な価格で買収を実現することは重要であるが、それだけではない。ここでの関門は、資産査定や買収交渉を行う中で、買収後の経営や事業統合のイメージを固められるかどうかにある。特に現経営陣を存続させる場合には、彼らと買収後の事業運営に関して基本的な認識を一致させることが重要だ。

 そのためにも、先に記したように交渉開始の時点でPMIの青写真を持ち、妥当な買収価格の範囲を想定しておくとともに、交渉を通して獲得・確認すべき事業運営上の諸条件も固めておくことができれば、確信を持って買収交渉を進めることができる。後は、想定した範囲を越えて買収価格が高騰した際や、事前に重視した条件の獲得が困難となった場合には、交渉を降りる覚悟を決めておくことである。そのような覚悟なくしては、交渉が腰折れになるだけでなく、仮に買収ができたとしても相手先企業を的確に統治してPMIを推進することなどなくなる。

第3段階:買収後の事業統合(PMI)の実施

 さて、最終的に買収条件が合意され、契約が締結された時から、いよいよPMIにステージが進む。当初の買収目標を実現し、投資額を上回る価値を生み出すために広く組織を巻き込んだ取り組みが始まるのだ。早速、統合準備室を発足させると共に、日本側から技術者や専門家を送り込んで現場の実態を把握し、その上で統合の工程表とマイルストーン設定に着手し、統合初日に備えよう――。多くの企業がPMIの教科書に則った、このような手順を踏むかもしれないが、買収された側の海外企業は動揺することになる。両社のトップ間の信頼関係が十分に構築される以前に、買収した側のトップのプレゼンスが後退して、変わって買収側のミドル層による管理が一気に始まるからである。

 改めて言うまでもないが、買収先企業をして効果的に統治して望ましい成果を達成するためには、有能で信頼できる経営者を経営に当たらせることにつきる。特に、一般に日本企業が海外企業を買収した場合、これまでの経営者を慰留して引き続き経営に当たらせることが多い。それだけに、まずは経営者との信頼関係構築を重視して、それを通して実質的なガバナンスを実現する必要がある。なお、ここで言うトップ間の信頼関係というのは、経営のビジョンを共有し、統合プランや事業計画策定に深く関与し、目標実現に共にコミットする、ということである。その上で、仮に相手方経営者がその任に堪えないと見れば更迭するという厳しさも買収する側のトップは備えていなければならない。

 このように書いてくると、そもそも数年ごとの任期で定期的に交代していくサラリーマン型経営では、海外企業の大型買収や、ましてその後の企業統合をやり抜くことが難しいことが分かってくる。日本企業が海外企業のM&Aで苦労する体質問題の一端である。なるほど冒頭の例に挙げたような大型の海外企業買収を行う企業のトップの多くが、実質のオーナー経営者であるか、もしくは長期政権についている実力経営者が多いのは偶然ではないのである。