――それが、見かけ倒しではなく本当に役に立つものをつくる秘訣でしょうか。たとえばグーグル・グラスのように、最初は先行者がブームを起こし誰もが欲しがりますが、やがて「それほど便利じゃないようだ。もういらない」と思われて離反が起きるものがあります。この問題をどう克服すべきでしょうか。
モノに対する人々の反応をじっくり確かめるには、それを生活のなかで使ってもらうのが一番です。製品のプロトタイプを家に置いて、長期間使ってもらうことをお薦めします。私の6歳の子どもはこの半年ほど、我が家にある「スカイプ・キャビネット」(スクリーンが埋め込まれたクルミ材の戸棚)で祖父母と会話をしています。その様子を観察すれば、継続的に使われているのか、使用の頻度や時間はどれくらいなのかがわかります。戸棚のインターフェースがとてもシンプルだという理由で、実際に通話アプリのFaceTimeよりも頻繁に使われていることがわかりました。初めてFaceTimeが登場した時、誰もがそれを素晴らしいと思ったものですけどね。
「人々の現在の行動様式を、無理に変えようとすべきでない」というのが私の持論です。つまり、センサーによる検知は控え目に行われるべきなのです。たとえばグローキャップ(光で薬の服用時間を知らせる機器。処方薬の容器に蓋として取り付ける)が機能するのは、薬を飲む時に必ず蓋を開けるという動作があるからです。
――著書では家での生活がどう変わるかについて多く述べられていますが、もう1つの生活の場であるオフィスにはどう影響するのでしょうか。
私は建設事務所のゲンスラーおよびセールスフォース・ドットコムと共同で、いくつかの製品を開発しています。その1つが「会話バランス・テーブル」で、これは『内向型人間の時代』という本に触発されたものです。この本によれば、内向的な人は外向的な人と同じように優れたアイデアをたくさん持っているのに、組織における日々の業務慣行によってそれが抑え込まれている。そこで私は、6人で会議できる六角形のテーブルをつくりました。各自の発話量は秒単位で記録され、テーブルのベニヤ板に埋め込まれたLEDがそれらの情報を表示します。つまり、「ジョンはほとんど発言していない」という状況が可視化されるわけです。このテーブルはさりげない形で、おしゃべりな人をけん制して無口な人の発言を促す自動ファシリテーターです。
私はMITのチェンジング・プレイシズ・グループとも協働しています。そこで開発中の「ロボット家具」には、コラボレーションを促進するようなオープンスペースではなく、集中できる仕事場が欲しい時にすぐに役立つものがあります。パネルを伸縮できる家具で、声が大きくておしゃべりな人の電話の声が、同じ部屋で働く5人の同僚の妨げになるといった問題を解決できます(その他のロボット家具の例はこちらの動画も参照)。
――現在はまだ頭角を現していないけれど、今後この分野で成長しそうな産業や企業はどこでしょうか。誰もがグーグルやナイキ、その同類に注目していますが、典型的なテクノロジー産業には属さない有望な企業はありますか。
宝飾品や衣類、セキュリティーなどがあります。これらの分野で、優秀なデザイナー、販売力、ブランド力によって魅惑的なモノをつくれる企業といえば、既存の企業が思い浮かぶでしょう。でもそうした企業は、私が期待するほどには実験をしていません。そのため私は、インディーゴーゴー(Indiegogo)やキックスターター(Kickstarter)からイノベーティブなスタートアップ企業を発掘しています。指輪型ウェアラブルのリングリー(Ringly)や、家庭用防犯システムのビーオン(BeON)などがその例です。
――IoT製品は、ビジネスモデルにどんな影響を与えるのでしょうか。
モノをつくり売る企業のほとんどは、IoTや魅惑的なモノの登場によって、サービス企業への転換を迫られるでしょう。靴やカバン、オフィス家具といった、人々が日々手に触れ使う身近なものをつくる企業は、常に製品の差別化を望んでいます。その手段はこれまで、材料(プラスチックにするか木材にするかなど)かデザインでした。しかしネットと接続できるようになった今、まったく新しい視点から差別化を追及できます。また、IoTを介して顧客と継続的につながりを持てるため、製品の販売というよりもサブスクリプション型のビジネスモデルになっていくでしょう。
先日私はテスラの販売店で、こう訊いてみました。「うちの駐車場は狭いのだけど、テスラ車には、壁にぶつかる前に警告してくれるバックセンサーはついていますか」と。すると、「今はないです。でも数カ月後には無線通信でOSをアップデートする予定です。だから、今日車を購入しても大丈夫です。数カ月後には改良されますよ」と言われました。車や靴、家具はいつか遠隔でアップデートされるようになり、持ち主は改良版が欲しくなった時に今の製品(ハードウェア)を捨てずに済むようになります。