――しかしこれまでは、ハードウェアが儲けどころでした。

 アマゾンはすでに、キンドルを原価で販売しています。そうすれば人々がもっと本を買うようになると心得ているからです。ほとんどの携帯電話会社のように、アマゾンもキンドルを無償で提供してもよいとさえ私は思います。そして自動車メーカーもまた、人々をコネクテッドカー(情報通信技術で外部とつながる車)に引き寄せるために、似たやり方を採用してもよいでしょう。鉄の箱ではなく、機能のパッケージに対して金額を請求すればいいのです。

――現在、多くの「魅惑的なモノ」は個人情報の市場にデータを売って利益を得ているように思われますが、今後は変わりそうですか。

 確かにそれは、ビジネスチャンスを減らしかねない問題です。しかしデータを販売しなくても、たとえばグローキャップは人々の行動を予測通りに変えます。グローキャップは患者の服薬順守率を30%改善しますが、これにはデータを扱わなくても付加価値がある。なぜなら、薬の消費が目に見えてわかるからです。患者が処方せん通りに薬を飲めば、製薬会社の薬の販売量はどれだけ増えるでしょうか。その意味では、ジレットのカミソリに付いているスムーサーと同じようなものです。ここの色が変わり使用者が刃の交換時期を知ることで、替え刃が売れる。つまり、製品自体が顧客行動の変化を促す場合、企業はビジネスモデルを変えるために必ずしもデータの販売にこだわる必要はないのです。

 しかし、廃棄されたデータの扱いはプライバシーと透明性に関わる問題なので、対処が必要です。

――やがて飽和状態になる可能性についてはどうでしょうか。さまざまな警告音や光で絶えず注意を喚起されたら、人々はセンサーにうんざりしてしまうのでは? 物忘れを告げるセンサーが43個もあったら、グローキャップもそこに埋もれ用をなさない気がしますが。

 今後この市場は、レーザープリンターが登場した直後の印刷のような状態になるでしょう。当時は誰もが、「これでたくさんのフォントが使える! 新しいプリンターが来たから8種類のフォントを使おう!」と興奮しましたね。上品で繊細、かつ機能とうまく一体化したIoT製品をつくるには、ジョナサン・アイブ風の抑制されたデザインが必要ですが、最初のうちはそういう抑制が効かないものです。

――つまり、今はIoTにおける「フォント乱用」の時期ということでしょうか。

 その通りです。今後5年間はこの傾向に拍車がかかるでしょう。ただ、現代の私たちの家を考えてみてください。部屋をいろんな芸術品や絵はがき、印刷物などで飾っているでしょう。窓から見える外の様子も含め、多くの情報であふれているわけです。それらはネットとつながってはいませんが、人間の視覚と聴覚は日々たくさんの情報を取り入れ、わりとうまくフィルタリングしているのです。したがって、IoTで問われるのはデザインになります。情報を一目でわかるように、あるいは環境に溶け込む形で伝達するようデザイナーが心がければ、つまり心理学者の言う「前注意的」な(注意を向けなくても情報を認識できる)デザインであれば、使用者の視覚と聴覚を重要な情報にうまく誘導できます。

 人は窓越しの景色や壁の印刷物を視界に入れても、気を散らされずに順応できます。壁や床、天井や机にあるモノはもっと情報を伝達できるようになりますが、それは情報過多、つまり文字情報であってはダメです。すでに私たちは、豊かすぎる情報に囲まれうんざりしています。フェイスブックやツイッターでは大量の文字を処理しなくてはならない。だから人々はフェイスブックのフィードで写真だけに注意を向け、他の情報を無視するようになっています。

 今後は、使用者のプライバシーと注意力に配慮して情報を伝達できるデザインが、カギとなるでしょう。

※原注:本記事で言及された製品の一部は、ローズが制作したこちらの動画でも紹介している。


HBR.ORG原文:The House That Actually Makes the Internet of Things Easy November 12, 2014

■こちらの記事もおすすめします
IoTという新たな産業革命
デジタルメディア&テクノロジー最前線:2015年注目の6つのトレンド
行動観察をイノベーションへつなげる5つのステップ

 

サラ・グリーン(Sarah Green)
『ハーバード・ビジネス・レビュー』のシニア・アソシエート・エディター。