本書では多くの事例が紹介されているが、ピクサーのエド・キャットマルとHCLテクノロジーズのビニート・ナイアーのふたりが印象的だ。
創造性あふれる作品を発表するピクサーの制作プロセスは実に興味深い。エド自身の著書『ピクサー流創造のちから』でも紹介されていたが、一度決まったストーリーが変更されることなど珍しいことではない。わずか10秒のシーンの映像づくりに半年かけることもあるほどのこだわりようだ。デザイナーが見せたちょっとしたアイデアが面白いとなると、その前後の描写からキャラクター設定全般まで変更する。こうした組織的な高いレベルでの創造的活動を導くリーダーは、自らが決してイノベーターというわけではない。
CEOのエド・キャットマルは、むしろ人の話しをじっくり聞き、メンバーから知恵を出させるのが自分の仕事かと思っているようなリーダーである。
HCLテクノロジーのビニート・ナイアーは、同社のインドの二流企業から世界的なIT企業へと押し上げた実績を上げている。しかし、ナイアーも自らがビジョンを掲げ、組織を引っ張るわけではない。むしろメンバーのイノベーション環境を整える「組織の設計者」だと自負している。ナイアーは自分ひとりでできることの限界を熟知している。だからこそ、メンバーの能力を引き出すことに最大限知恵を絞る。いかに彼らが働きやすい環境をつくるか。ここから出てきたスローガンが「従業員第一、顧客第二」である。従業員を第一に掲げることで、結果的に顧客の満足が獲得できたわけだ。
本書はイノベーションを起こす組織のためのリーダーシップを提唱しているが、ひょっとしてこの考えが今後、すべてのリーダーシップの中心になるかもしれない。なぜならすべての組織でいまイノベーティブな活動が必要とされ、多様な人材によるコラボレーションの効果を最大化することこそ競争優位の源泉になりつつあるからである。リーダーシップの常識が心地よく覆される一冊である。
なおこの本を元にした論文は、ハーバード・ビジネス・レビューの2015年5月号にも「グーグルを成功に導いた『集合天才』のリーダーシップ」というタイトルで掲載されている。