もっとも、資本政策の企業価値に与える効果の実際は、基本のMM命題から導かれるほど単純ではない。次に、それを考えておこう。
税制と倒産による価値破壊そして資本政策のメッセージ性
基本のMM命題と現実とのギャップは、まず税制から生じる。企業が負担する主要な税は法人税だが、法人税は、外部負債への利払いは費用であるとして、課税所得から控除する仕組みになっている。対して株主への配当は、法人税支払い後の利益から支払われる。このことは、外部負債には、株式資本との相対的比較という文脈では、一種の「節税効果」があるということでもある。これは「MMの修正命題」とも言われる効果だが、この修正命題を重視すれば、確かに資本政策は企業価値に影響する、たとえば自己株式の買い入れは、ROEの嵩上げを通じてではなく、その節税性の効果により株価の上昇につながると考えられる。
とは言え、法人税の節税性にのみ注目した資本政策は危険でもある。外部負債に頼って自己株式を買い進めれば、それは負債比率の上昇を通じて企業倒産のリスクを高めてしまうからである。
MMの命題は、その枠組みを検討すれば気付くことだが、そこで想定する企業モデルを、私たちの身の回りに多く存在する株式会社のようなものではなく、かつての中世のベネツィアに存在した貿易航海会社に有限責任の株主資本を取り込んだようなものとすることで成り立っているという面がある。要するに、会社が挑戦する事業機会はあらかじめ決められていて、その結果が出たら(ベネツィアの会社だったら貿易船が航海から無事に帰ってきたら)、そこで清算し出資者に事業成果を分配するようなイメージである。しかし、現代の株式会社の経営構造は、それほど単純ではない。会社は次々に連続して様々な事業機会に挑戦し続けるための、経営資源の結合体なのである(注1)。
そのため、会社が倒産すれば、そうした経営資源の有機的結合としての価値が損なわれてしまう。名付けるとすれば、倒産による企業価値破壊効果である。
この両方の効果に気付けば、企業がROE目標を掲げることの別の意味合いに気付く読者も少なくないに違いない。企業がROE目標を掲げるのは、その目標程度まではリスクに挑戦する、挑戦しても大丈夫なのだという企業経営の自信あるいは果敢さの程を示すメッセージとしての効果がありそうだからだ。そうしたメッセージが資本市場に通じれば、投資家たちはその企業に対する見方を変え、その結果として資本コスト(投資家たちが企業への資金提供の見返りとして求めるはずのリスク考慮後の利回り)は低下し、本当に株価が上昇する、つまりは企業価値も向上するかもしれないだろう。ROE目標は企業経営の基本スタンスを投資家たちにアピールするという効果がありそうである。