さらに調査を進めると、次のことが分かった。第一次世界大戦のころ、キャンベルスープは農作物の自社栽培をはじめた。ところが夏の収穫期間と冬のスープの需要期の間に在庫がたまってしまう。そこで、その在庫を少しでも軽減するために秋のプロモーションを始めたのだという。その後、栽培技術の進歩によって年間を通じてトマトを確保できるようになったため、在庫軽減のための秋のプロモーションの意義は無くなっていた。ところが、前年踏襲の決定が繰り返された結果、80年もの間残り続けたのだ。
この逸話の背景には、「現状維持バイアス」と呼ばれる、人や組織が陥りやすい傾向が存在する。現状を維持するか変えるかという選択に迫られたとき、人は現状維持を選びやすいということだ。この原因はいくつか考えられるが、その一つは、作為の後悔が不作為の後悔よりも大きく感じられることにある。現状を変えた時にうまくいかなかった場合の後悔は、現状維持による後悔よりも通常は大きく感じられる。このことが、現状維持の意思決定を後押しすることになる。
現状を変えて成功することによるプラス面と、変えて失敗することによるマイナス面を天秤にかけると、後者の方を人はより重く感じやすいという。このことも、現状維持を選択する理由の一つになる。さらに、組織における意思決定の場合には、責任の感じ方の非対称性も現状維持バイアスの要因となる。現状を変えて失敗した場合の責任は、現状維持で失敗した際のそれよりも、通常は重く捉えられやすい。
上述した、プラス面よりもマイナス面を重く感じやすいという性質は、「損失回避」と呼ばれる。この損失回避は、カーネマンとトヴェルスキーによるプロスペクト理論から導かれる重要な性質の1つである。プロスペクト理論は、さまざまな領域に応用されている理論であるが、消費者行動を理解する上でも重要な役割を果たす。そこで以下、この理論の主要なパートの一部である価値関数について説明しよう。