それでは、人は利得よりも損失にどの程度敏感なのだろうか。別の言い方をすると、利得と損失の重視度の比はどれ位になるのだろうか。この点に関して、キャメラーとホウは、それまでに行われた9つの研究の結果を総合的に分析することで、両者の比を2.5と推定している(注2)。つまり、人は利得よりも損失に、2.5倍敏感に反応するということだ。
損失回避という性質は、先述した現状維持バイアスの他にも、さまざまなバイアスをもたらしている。その一つが「保有効果」である。クネッチは保有効果に関する次のような実験を行った(注3)。まず実験の対象となる学生をランダムに3つのグループに分ける。グループ1の学生にはマグカップとチョコレートバーのうち好きな方を選んでもらう。グループ2には、はじめにマグカップを提供し、その後に希望者はチョコレートバーと交換しても良いと告げる。グループ3には上記と逆に、はじめにチョコレートバーを提供し、その後にマグカップと交換しても良いと伝える。
グループ1の選択結果は大よそ半々(マグカップ:56%、チョコレートバー:44%)であり、対象となった学生にとってマグカップとチョコレートバーの魅力度に大きな差はないことが確認された。ところが、グループ2の学生の89%はそのままマグカップを保有し、チョコレートバーとの交換を申し出たものはごくわずかであった。一方で、グループ3の学生の90%はチョコレートバーを保持し、残りの10%だけがマグカップと交換した。このように人は、一度自分が所有したものに対して、合理的だと考えられる以上の価値を感じる傾向がみられる。この傾向は保有効果と呼ばれ、さまざまな研究によってその存在が実証されている。
グループ2の学生は、マグカップを提供された時点で、それを保有している状態が参照点となっている。したがって、彼らにとってマグカップとチョコレートバーとの交換を検討することは、マグカップを手放すマイナスと、同程度に魅力的なはずのチョコレートバーを獲得するプラスを比較することを意味している。グループ3の学生にはちょうど逆のことが生じている。上述したように、同程度の利得と損失を天秤にかけると後者が2.5倍重視されると考えれば、ほとんどの人が交換には応じないという結果を無理なく理解できるだろう。