保有効果と類似したものに「デフォルト効果」がある。ジョンソンらは米国の自動車保険に関して次のことを明らかにしている(注4)。1990年代はじめに、米国のニュージャージー州とペンシルバニア州で保険法が改定され、自動車保有者は「廉価だが訴訟の権利に制限がある保険」と「高価だが訴訟の権利に制限がない保険」の2種類から1つを選択することとなった。このとき、どちらのタイプがデフォルト(初期値)として提示されるかが両州で異なり、ニュージャージー州では前者が、ペンシルバニア州では後者がデフォルトとなった。この結果、ニュージャージー州では80%のドライバーが制限のあるタイプを選択し、ペンシルバニア州の75%が制限のないものを選んだ。つまり、両州でまったく反対のタイプがデフォルトになっているにも係らず、両州共に大半のドライバーがデフォルトを選択したということだ。
デフォルトと対抗オプションとを比べる際には、普通はデフォルトを基準として比較を行うだろう。この場合、両者の比較は、デフォルトが有している利点を失うマイナス面と、対抗の選択肢が持っている利点を獲得するプラス面を秤にかけることを意味する。このとき、得られることのプラス面よりも失うことのマイナス面が重視されるのであれば、自然な結果としてデフォルトが選ばれやすくなるのだと解釈できる。
「妥協効果」「松竹梅効果」などと呼ばれる現象も、損失回避と関連している。この効果は、グレードの異なる3種類の選択肢があるときに、消費者は真ん中のもの、松竹梅であれば竹を選びやすいというものだ。松竹梅のような3種類の選択肢が提示されると、通常は中央の竹が参照点となりやすい。この結果、保有効果とデフォルト効果で説明したのと同様のメカニズムが働き、参照点を形成している竹が選ばれやすくなる。
第1回では、損失回避と関連するいくつかのバイアスについて説明をしたが、この他にも消費者が商品の評価や選択を行う際に発生しやすいさまざまなバイアスの存在が指摘されている。マーケティングを計画・実施する側も、消費者が判断や意思決定を行う際にどのようなタイプのバイアスが生じやすいのかを理解し、適切な対応を考えることが重要となる。
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(注1)M.J.モーブッサン (2010)『まさか!?自信がある人ほど陥る意思決定8つの罠』ダイヤモンド社.
(注2)Camerer, C.F. and T-H Ho (1994),“Violations of the Betweenness Axiom and Nonlinearity in Probability,”Journal of Risk and Uncertainty, Vol.8, No.2.
(注3)Knetsch, J.L. (1989),“The Endowment Effect and Evidence of Nonreversible Indifference Curves,”The American Economic Review, Vol.79, Issue 5.
(注4)Johnson, E.J., J. Hershey, J. Meszaros, and H. Kunreuther (1993), “Framing, Probability Distortions, and Insurance Decisions, “ Journal of Risk and Uncertainty, Vol.7, No.1.