こうした破壊的イノベーションのパターンは、初めてのものではない。かつて、蒸気シャベルが油圧掘削機に取って替わられ、帆船は蒸気船にその座を渡した。当初、蒸気船は大洋の航海で帆船に匹敵する信頼性も速度もなかった。だが逆風や無風の時でも動く能力によって、運河や内陸の水路で利用するにはおあつらえ向きとなった。岸辺から遠くないため、信頼性の低さはさほど問題とならない。そのうちに蒸気船は改良され、大きさもスピードも増し、信頼性が高まり、ついには帆船の性能を上回った。私たちは低速EVとEUVにおいて、同様のパターンの進行を目の当たりにしているのだ。

 初期の低速EVは基本的に、「公道を走れるゴルフカート」であった。その後製造業者は次第に、頑丈なドア、カーステレオ、ヒーターやデフロスター(霜取り)のような装備も加えるようになった。同様に、EUVはサイズが大きくなり積載量も増え、ゴミの圧縮・投棄機能などを装備するものも登場している。このような改良は、従来型の自動車の機能に比べれば取るに足らないように思えるが、それこそがポイントなのだ。これらのEVは機能で大きく劣るため、既存の自動車メーカーにとっては脅威ではない。その間に改良を少しずつ積み重ねることによって、要求の高くない主流顧客にとっての最低要件を満たす破壊的製品に近づいているのである。

 低速EVとEUVは、先進国市場ではローエンドからの破壊的イノベーションに相当するが、新興国市場では新市場を創造する破壊的イノベーションである。中国におけるテスラの昨今の苦戦については広く取り沙汰されており、多くの主流の専門家たちは、中国市場にはEVを受け入れる素地が整っていないと明言している。インフラの不足と都市部の混雑のひどさによって、電池切れの懸念が高まるというのがその理由だ。だが識者たちは重要な点を見落としている。しかるべき所に目を向ければ、中国は実際には世界最大のEV市場の1つであることがわかる。

 中国の消費者は2013年だけで、何百という小規模の製造業者から20万台を上回る低速EVを購入している(英語記事)。これは2014年におけるテスラの累積生産台数のほぼ4倍だ。これらの売上げが見過ごされている理由は、上海や北京の目立ったショールームから遠く離れた小さな町で生じているからであるが、市場は急速に成長している。一般に低速EVの価格は低価格帯のガソリン車の半額ほどで、しかも、「本物の」車と見なされていないために、高額な認可手数料や登録料が免除されている。

 低速EVを購入する人たちは、従来型の車よりも性能が劣ることを気にかけていない。そもそも普通の車を買い求める懐の余裕はないからだ。代わりの移動手段といえばスクーター、自転車、公共交通機関か、それとも歩くしかなく、どれも低速EVより明らかに不便だ。また、低速EVは造りが単純であるため、多くの製造業者は多額の設備投資を伴わずに事業を小規模で立ち上げることが可能だ。それが性能の急速な改善につながっており、製造業者はパワーステアリングやエアコンのような「高級な」機能を導入しつつある。

 EVによる破壊的イノベーションは、現実のものとなりつつある。だがそれは、派手な製品発表会や人目を引くような製品によって宣言されることはないだろう。その代わりに、お年寄りをビンゴ大会の会場へと(ゆっくりと)運び、新興国市場の膨大な数の人々に安価な移動手段を提供し、ロンドンやニューヨークといった都心部で目立たずに小包を届けるうちに、広まっていくはずだ。時と共にEVは進化し続け、今日では想像もできないような機能が将来には標準となるだろう。

 EVが自動車市場の最低価格帯を破壊するうえで、最大の障壁となるのは電池の性能だ。しかし電池のコストは毎年下がっている。技術の進化と共にコストが下がり続けば、低価格のEVは従来型の車の地位に急速に迫って来るだろう。EV製造者たちがどんな付加価値によって自動車市場に本格参入してくるのか――既存の自動車メーカーはそれを確実に知ることができない。1つだけ明白なのは、破壊者たちがその意欲に満ちているということだ。


HBR.ORG原文:The Future of Electric Vehicles Is Golf Carts, Not Tesla May 14, 2015

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トーマス・バートマン(Thomas Bartman)
破壊的イノベーションについて研究するハーバード・ビジネススクールのシンクタンク、フォーラム・フォー・グロース・アンド・イノベーションの研究員。