例えば、1990年代末にダイムラー・クライスラー(当時)は、車のドアの開け閉めの音について研究するための部署を設立した(注3)。この部署では、10人の技術者からなるチームがドアの開閉音を分析し、理想的な音を創造するための研究・開発を行ってきたという。その背景には、車のドアの開閉音が、車そのものの品質知覚にまで影響を及ぼすという認識がある。
このように感覚訴求の重要性は以前から広く認識されていたが、近年では、視覚と味覚など異なる感覚間の相互作用や、物理的感覚の心理的評価への影響などに関する新たな知見が蓄積されてきており、そのことが感覚マーケティングに対する注目を高めている一因となっている。このことを冒頭のレストランの事例に戻って確認しよう。
触れることの価値
先述したシーフードレストランにおける、料理に手で触れることのポジティブな影響には、3つの異なる道筋があると考えられる。その第1は手で触れることそのものが楽しい、心地良いという直接的効果、第2が触覚が味覚上の美味しさを引き上げるという効果、第3は手を使うという身体感覚を伴う行為のイメージ効果である(図表1)。
一番目の効果は、手づかみで料理を食べるという、あまり日常的ではない行為そのものが価値の向上につながるということだ。この価値には、料理を手で触れたり掴んだりすることの、触感の楽しさや心地良さといった要素も含まれるだろう。
従来、実務の世界でも研究の領域においても、消費者行動における触覚情報の重要性は、視覚、聴覚、味覚、嗅覚のそれに比してあまり高く認識されてこなかった。しかし近年、実務、研究の双方の領域において触覚への注目が高まってきている。