市場の成熟化とともに製品やサービスの機能による差別化が難しくなっており、多くの領域でコモディティ化が進展している。コモディティ化の圧力から脱するための方策として注目される方向の一つが、消費者の感覚に訴えるというものだ。連載第3回では、感覚訴求によって消費者行動への効果的な働きかけを企図する、感覚マーケティングをとりあげる。

感覚マーケティングとは何か

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守口 剛(もりぐち・たけし)
早稲田大学商学学術院教授。
早稲田大学政治経済学部卒業。東京工業大学大学院博士課程経営工学専攻修了。博士(工学)。立教大学社会学部教授等を経て、2005 年より現職。2012年から2014年の間、早稲田大学大学院商学研究科長。 日本消費者行動研究学会会長、日本商業学会副会長、日本マーケティング・サイエンス学会理事、日本マーケティング学会理事等を歴任。マーケティングに関する研究業績や著書多数。

 ダンシングクラブというシーフードレストランがある。日本では、2014年10月に新宿に一号店がオープンし、現在2店舗が展開されている。このレストランの特徴は「料理を手づかみで食べる」ということだ。テーブルに敷かれた白い紙の上にシーフードを中心とした料理がそのまま置かれ、それらを客が手づかみで食べる。デザートなどの一部を除くほとんどのメニューがこの方式で食べられる。最初はお皿で提供していたサラダも、客が勝手に手で食べ始めたために手づかみ方式に変わったという(注1)

 レストランなどの飲食店の評価や満足度に味覚や嗅覚が影響することはもちろんだが、それ以外の視覚、聴覚、触覚の影響も無視できない。上で述べたシーフードレストランでは、手づかみで食べることによる触覚からの情報によって、料理の温度、硬さや柔らかさ、そして質感などをより鮮明に感じとることが可能となり、そのことがそのレストランにおける顧客の経験価値を高めているのだと理解できる。

 近年マーケティングの世界では、消費者の五感に訴えることを主眼とする、感覚マーケティング(sensory marketing)の有効性に関する認識が高まっている。この領域で数多くの研究を行っているミシガン大学のクリシュナは、感覚マーケティングを「消費者の感覚に訴えることによって、彼らの知覚、判断、そして行動に影響を与えるマーケティング」と定義している(注2)

 もちろん、これまでもマーケティングの世界で感覚訴求の重要性が軽視されていたというわけではない。食品や飲料の味や香水の香りなど、製品のコアとなる機能に係る要素はもちろん、製品やパッケージのデザインなどの視覚要素の重要性についても広く認識され、さまざまな努力が行われてきた。さらに、一見するとその製品とは関連性が低いと思われるような感覚刺激にも関心が払われてきた。