エルダーとクリシュナは、このような人の身体的感覚の製品評価への影響を、「身体的メンタル・シミュレーション」という概念を使って検討している(注9)。彼らの研究では、ヨーグルト、ハンバーガー、ケーキ、スープ、マグの5つの商品を対象とし、商品の置き方の向きが異なる複数の写真を提示した。例えば、マグの場合には図表2のように、右側に取っ手がある向きの写真と、その逆に左側に取っ手があるものの2つが用意された。他の商品についても、例えばケーキの場合であれば、ケーキの右側にフォークが置いてある写真と、左側に置いてある写真とが使われた。
その結果、右利きの消費者にとっては、右側に取っ手やフォークがある写真を提示したときの方が製品の購入意欲が有意に高くなることが見出された。さらに、その理由として、右側のバージョンの方が、消費者がその製品を使っている場面を想像しやすいこと(つまり、身体を使ったメンタル・シミュレーションを行いやすいこと)が理由であることが示された。このように彼らは、身体感覚を伴う製品の使用イメージのしやすさが、その製品の購買意向に影響すること見出している。
手づかみでシーフードなどの料理を食べることは、多くの人にとって身体感覚を伴うメンタル・シミレーションがやりやすい行為だと思われる。そうだとすれば、そのような方法で食事をするというレストランの情報や広告に接した消費者の訪店意向にポジティブな影響を及ぼすことを想定することができるだろう。
3回に渡って、消費者行動からマーケティングを考えることをテーマに、考察を行ってきた。消費者を起点とした発想はマーケティングの基本ともいえることである。しかし、これまでに見てきたように、消費者の心理や行動にはまだまだ充分に理解できていないことが多く残されている。マーケティングの実務家にとっても、それらの解明されていない消費者行動の特徴に焦点を当てることによって、新規性があり、かつ効果的なマーケティングの戦略や施策を検討する可能性が広範に残されていると考えられる。
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(注1)日経MJ2015年7月27日号
(注2)Krishna, A.(2012), “An Integrative Review of Sensory Marketing: Engaging the Senses to Affect Perception, Judgment and Behavior,” Journal of Consumer Psychology, Vol. 22, Issue 3.
(注3)M.リンストローム (2005)『五感刺激のブランド戦略』ダイヤモンド社.
(注4)Peck, J., and T.L.Childers,” Individual Differences in Haptic Information Processing: The “Need for Touch” Scale,” Journal of Consumer Research, Vol.30, No.3.
(注5)Peck, J., and T.L.Childers,” If I Touch It I Have to Have It: Individual and Environmental Influences on Impulse Purchasing,” Journal of Business Research, Vol.59, Issue 6.
(注6)Ellison, S. and E. White(2000), “Sensory Marketers Say the Way to Reach Shoppers is the Nose, ” Advertising Age, Nov.24.
(注7)Harrar, V., B. Piqueras-Fiszman, and C. Spence (2011),” There’s More to Taste in a Coloured Bowl, Perception, Vol.40, No.7.
(注8)Williams, L. E. and J. A. Bargh,” Experiencing Physical Warmth Promotes Interpersonal Warmth,” Science, Vol.322.
(注9)Elder, R. and A. Krishna (2012), “The "Visual Depiction Effect" in Advertising: Facilitating Embodied Mental Simulation Through Product Orientation," Journal of Consumer Research, Vol.38, No.6.