シーフードレストランの事例においても、手を触れることによって得られる料理の温度や質感などの感触が味覚に影響し、通常の方法で食べる場合に比してより美味しく感じるという効果が生じているのではないかと考えられる。
身体感覚は心理的評価に影響する
上述した多感覚相互作用という効果は、視覚が味覚に影響するというように、ある感覚が他の別の感覚に影響するという現象である。一方で、特定の感覚が、それとはまったく関係のない評価や判断に影響するという現象が起こることも知られている。例えば、ウイリアムスとバージは、物理的な温かさの感覚が、心理的な温かさの評価に結び付くということを検証している(注8)。
彼らまず被験者を2つのグル―プにランダムに分割した。その上で、一方のグループの被験者には、実験担当者が手にしていたホットコーヒーのカップをさりげなく持ってもらい、他方のグループには、同じ状況でアイスコーヒーを手にしてもらった。その後に、各被験者に特定の人物の性格に関するいくつかの側面に関する評価を依頼した。その結果、ホットコーヒーを持った被験者の、その人物の温かさに関する評価値は、アイスコーヒーを手にしたグループのそれよりも有意に高くなった。一方で、温かさ以外の人物評価に関しては、両グル―プ間で差がなかった。
このように、物理的な温かさの感覚は、人物評価のうち温かさだけに影響し、他の評価には影響しなかった。つまり、物理的な温かさの感覚が、人物評価の心理的な温かさに効果を与えたということだ。
ウイリアムスとバージによると、物理的な温かさと心理的な温かさに関する情報処理は共に脳の島皮質という部位が司っており、物理的な温かさを感じたときにも、心理的な温かさを感じたときにもこの部位が活性化するという。そのため、物理的な温かさを感じたときに、心理的な温かさを感じやすくなるということだ。
上記のような物理的、身体的な感覚が、他の本来はまったく関係のないはずの認知に影響するという現象は身体化認知(embodied cognition)と呼ばれ、近年研究が活発化している。例えば、重いものを持って人を評価すると、重要な人物だと評価しやすくなるなどの研究がある。先述した車のドアの例も、ドアを開閉する際の物理的な重さや開閉音から連想される重量の感覚が、車の高級感の認知に影響しているのだと考えることができるだろう。