一貫性を保ちつつ、メッセージに変化を加える

 前回記したように、対立候補陣営との先手の取り合いは、メディアの報道をめぐっても行われた。自由にコントロールできないマスメディアなどに関しても、なるべくキャンペーン戦略にそった報道がなされるように、みずから働きかけていく。そこには、PRの考え方が強く見て取れる。

 クロスビーは常々「メッセージが最も重要」と繰り返していたように、メッセージへの彼のこだわりは、実行段階でも強いものを感じた。

 大前提として、メッセージは、実行段階での一貫性が重要である。何十年も前の選挙であれば、ある地域である政策を語り支持を訴えながら、別の地域で180度反対の政策を語り支持を訴える“八方美人戦略”も可能であったかもしれない。しかし、ここまでマスメディアやオンラインメディアが進化した現代の選挙でそのような戦略をとれば、たちまちその矛盾が指摘され、窮地に追い込まれるだけだ。

 また、このようなメッセージは、一度言ったからといってすぐには吸収されず、何度も繰り返すことによってはじめて浸透していく。その意味でも、同じことを言い続ける一貫性が重要になる。

 その一方で、少し矛盾するように聞こえるかもしれないが、クロスビーは選挙戦の中で、一貫性を保ちつつもメッセージに変化を加えて、キャンペーンを行っていた。変化の軸は2つある。「ターゲット軸」と「時間軸」である。

 ターゲット軸での変化とはすなわち、ターゲットである有権者のセグメントに応じた、メッセージの微調整である。実際のアクションに落とすことを考えると、選挙戦における有権者のセグメントとは、地域ごとの有権者のセグメントであったり、特定団体に紐づいている有権者のセグメントなどである。

 繰り返すが、全体のメッセージとは一貫してなければならない。その中で、どのように特定の地域にメッセージを微調整することができるか。大きく2つの方法に分けられる。

 1つは、地域に応じて、メッセージで強調するポイントを変えることだ。

 ボリスの「9ポイント・プラン」は、その意味では非常に便利である。9ポイント・プラン全体としては、基本的に網羅的に政策領域がカバーされているが、9つのうちどのポイントを強調するかを地域に応じて変えればよい。ある地域の有権者の投票行動は犯罪への取り組みとより相関が強いかもしれないし、別の地域の有権者の投票行動は交通インフラへの投資とより相関が強いかもしれない。有権者の地域別の分析から地域別の特徴を把握しておくことで、対応が可能となる。

 もう1つは、メッセージの意味合いやメッセージをサポートするためのデータを地域固有のものとすることだ。

 たとえば、犯罪を減らすという公約を果たしたというサブのサブのメッセージをサポートする際に、ロンドン全体の犯罪率ではなく、特定地域の犯罪率をデータとして提示することができる。また9ポイント・プランを例に挙げれば、その中の1つである「300エーカーの緑の空間を取り戻し、2万本の樹木を植える」という公約について、地域のどの公園がいくらの資金を得るかを具体的に提示できる。実際、優先地区については、こうしたデータ収集と、それに基づくメッセージの微調整を地道に行った。

 同様のことは、特定団体に紐づいた有権者セグメントについても言える。たとえば、障がい者団体主催の講演会や、障がい者団体からの質問状など、どのようなポイントを強調するべきなのかは明白だ。全体のメッセージとの一貫性を保ちながら力点を変え、意味合いとデータを固有のものとしていくのである。

 これらは、非常に骨の折れる地味な作業だ。自分の作業を振り返ると、あまり思い出したくない記憶でもある。

 だが、繰り返しになるが、選挙のメッセージは「わたくしごと」化することで威力を発揮する。そのため、ターゲットのセグメントに応じてメッセージをテーラーメイドすることが重要である。