マスメディアに「ニュース」を提供し続ける

 では、変化のもう1つの軸である、時間軸での変化とは何か。公式期間だけでも1ヵ月半におよぶ選挙戦の中で、そのタイミングに応じてメッセージを微調整するのである。

 選挙でメッセージの伝達に用いることができるメディアは、新聞やテレビなどのマスメディアの報道などが大きな部分を占める。そのポイントは、みずからコントロールできないということだ。

 新聞やテレビなどの報道機関は、あくまでも「ニュース」を扱うのであり、そこに新しさがなければ取り上げてくれない。彼らにできる限りニュースとして取り上げてもらい、かつメッセージを効果的に流し続けるためには、メッセージの一貫性を保ちながら、日々、そこに新しい「ニュース」を盛り込んでいくことが求められる。

 選挙対策本部からは、毎日のようにメディア向けのプレスリリースが配信された。その内容は、過去4年間の現職市長としての実績の公表であったり、これからの4年間の新たな政策の発表、公開討論会などのキャンペーン活動の紹介、リビングストンの発言に対する反論など、さまざまなものが含まれる。

 現職のボリスと元職のリビングストンが、過去の選挙での公約を市長時代にどの程度実行したかを評価するレポートも、同時には発表しなかった。ボリスが91%の公約を実行したというレポートを3月14日に発表し、リビングストンは公約の半分も実行しなかったというレポートは3月19日に発表した。

 冒頭で記したマニフェスト発表が、交通政策を皮切りとして分割して行われた理由もここにある。また、合計で200ページ弱におよぶ7章構成のマニフェストが一度にすべてが発表されるのではなく、1章ごとに「ニュース」として発表していった。

 3月26日、第一弾として、交通に関するマニフェストが発表された後、数日おきに各章を発表していった。4月18日、最後は、税金に関するマニフェストの中で、10%の住民税の減税を発表した。このような活動の軌跡は、当時のキャンペーンのウェブサイトにも「キャンペーン・タイムライン」として詳細に記録されていた。

 卑近な話ではあるが、こうした時間軸での変化は、ターゲット軸での変化とは異なり作業面での苦労を緩和するものであった。私は、政治・政策調査チームの一員として、過去の公約に対する実行評価のレポートやマニフェストの作成、公開討論会のブリーフィングなどを行っていたが、毎日少しずつ発表していくということは、作業も時間軸上で分割して進めることができるからだ。

 このように、一貫したメッセージの下で日々ニュースを散りばめながら、みずからコントロールできないメディアにキャンペーンを繰り返し取り上げてもらうことで、メッセージの効果をさらに高めることができる。