原因① 反資本主義的な社会構造
日本の戦後ビジネス社会は、第二次世界大戦に向けた統制経済の影響を強く受けたためアメリカとは異なる色彩を根強く持った。野口悠紀雄はこれを「1940年体制」と呼び、国家総動員のため社会主義的な資源配分が行われ、企業に従業員が定着するように年功制などが現れたという。戦後は目的が経済成長に変わっただけで、国家を動かす官僚たちが社会主義国から学んだ経済計画に則り、「日本株式会社」を再興した。GHQは日本の官僚をパージしなかったので、満州国を計画経済の手法で開発したノウハウが、戦後の復興にそのまま活用されたという。
日本では、「日本銀行があらゆる銀行を支え、銀行はグループ内の大企業を支える」という信用の連結が行われ、広く企業間でリスクが共有された。株式の持ち合いもリスクの共有を拡大した。メインバンクは危機に陥った大企業の面倒を見ることが期待され、いわゆる自由競争や市場の淘汰に任せる資本主義にはならないまま、長らく放置されてきた。これは企業内で赤字事業を黒字事業が補填する構造同様、企業間で助け合い、奉加帳を回すという関係を意味する。敗者が淘汰されず、社会的に非効率な資源配分が続く。
救済が国家主導で行われる場合でも、企業グループ内で行われる場合でも、世界では「個別企業の株主を無視した暴挙」だと思われるだろう。逆に最近では支援の出費を逃れるために、「それだけは株主に訴えられるのでできません」という言い訳が聞かれるようになったのがおかしい。そろそろ日本企業はどこまで変わるべきかという議論は終わりにして、少なくとも資本主義の原則は守ろうというべきだろう。
原因② 原理原則で動かない文化
日本のコミュニケーションの特徴として、ハイコンテクスト社会(皆の間で共有される情報がとても多い)であるため、あうんの呼吸で意志が伝えられるという。トップの意向を忖度し、先取りすることも可能だ。
安土敏(サミット元社長荒井伸也の筆名)は、言語を正確に使わないことこそが、原理原則に則った経営を阻害すると言う。みな建前上は賛成しても、「それじゃ都合が悪いでしょ」という本音を空気に醸し出す術を持っているからだ。実力主義が建前であっても、本音は「あいつをそろそろ昇進させてやらないと可哀想だ」ということだ。違法だが、「生産日を改竄しないと売れないし、品質は同じだ」といったこともあろう。このようなことが組織中にあるとすれば、その合計は原則をどれだけ曲げることか。
アメリカ人はかつて奴隷を許容していた。南北戦争後は奴隷制を廃止したが、人種差別は容認した。人種分離と呼び、学校やレストランなどで一緒にさせなかった。1950、60年代の公民権活動を経て、人種差別は撤廃されるなど、建前が変われば現実も変わっていった。時間はかかったが後退はしないのが特徴である。現在も偏見は残っているが、公に偏見を口にした人々は厳しく非難され、立場を失う。
このように原理原則で動くという振る舞いは日本社会ではともすると曖昧化される。ウチワとソトの区分により「ダブルスタンダード」となる。建前から乖離した本音を「見える化」し、白日のもとに晒す必要があろう。