DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの最新号は「デザイン思考の進化」を特集。あらためて新しいものを生み出す発想とは何かを考えました。
デザイン思考は、方法論か思考法か
「デザイン思考」という言葉を初めて聞いた時、その魅力的な2つの単語の組み合わせに心動かされました。デザインという言葉は狭義には「意匠」を、広義には「設計」を意味します。これが日本でややこしくなっている原因で、広義のデザインという言葉には、途方もないイメージの広がりがあります。建築もデザインですし、組織のつくり方もデザイン、ビジネスモデルもデザインです。もっと身近で言えば、仕事の仕方も人と人との関係づくりも。そこには効率が求められるのみならず、「どのような状態を目指すか」という成果のイメージが中心になるのです。
つまりデザインとは、何を達成したいのかを中心に発想するものです。しかも創造性の匂いがプンプンします。この「デザイン」という言葉に、ロジックを想起させる「思考」という言葉が合わさると、その広がりに満ちた可能性に心動かされるのです。
実際に数年前から、デザイン思考に関わる文献を読んでいましたが、良くも悪くもIDEOが確立した方法論が絶対的な存在として表現されがちでした。すなわち、デザイン思考とは、①ユーザーを観察し、②自由な意見を表明し合う、③プロトタイプにしてユーザーに提示する、④そのプロセスを通して、新しい製品やサービスを完成させる、というものです。
このIDEOの方法論は、それぞれが実に魅力的です。たとえば、ユーザーの観察では、一人のユーザーの家にまで同行して、動作の順番からユーザーの目線の動きまでつぶさに観察し、作り手が気づかなかったインサイトを得ようとします。ここには観察者側のきわめて高い認知力が要求され、そこから得られたインサイトを統合して多様な人がディスカッションするプロセスは、従来になかったダイナミクスを感じます。
その一方で、デザイン思考を方法論としてではなく、従来になかった発想法として表現できないか。当初、この言葉のもつ響きに魅力を感じたのは、新しい発想が生まれる考え方が提示される予感があったからです。それを提示できないか。今回、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューでは「デザイン思考の進化」という特集をつくりましたが、焦点を当てたのは、「新しい発想を生む思考」でした。
実際に特集づくりを通して、「発想」すなわち、ゼロから1をつくり出すプロセスを随分と考える機会となりました。たまたま読んだ『数学する身体』という本では、数学者である著者が、数式を解くのは思考ではなく「計算」だと表現し(つまり答えがある、もしくは解けないことを証明する)、解くべき課題を見つけることが「思考」と表現し、「計算」と「思考」を分けていたのが新鮮でした。その頃、本誌に掲載された、東京大学の野矢茂樹先生にインタビューしました。論理学が専門の野矢先生は、「論理は新しいことを生み出してはいけないのです」と。つまりゼロから1をつくるのは論理と言えない。その上で、論理を積み重ねることで、発想すべき領域が少なくなる。その部分を考えつくすのが「思考」だと仰っていました。
僕らが「考えている」と思っている場合、その多くが、仕事の段取りなどを「計算」していたり、問題の整合性を「整理」していたりすることが多いのではないか。ゼロから1を生み出す「思考」をどれほどしているか。本当の意味での発想することの意味を学びました。(編集長・岩佐文夫)