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DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの連載「リーダーは『描く』」。今月は日本の百貨店業界を牽引する企業、三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長です。大西社長とワークショップをともにするのは、三越伊勢丹グループの経営を担う役員のみなさんです。数々の修羅場をくぐり抜けてきたマネジメント層はどのような絵を描くのか。三越伊勢丹グループの「描く」現場の報告です。
かつてない「ガチガチ」の雰囲気で始まったワークショップ
「リーダーは『描く』」のワークショップが行われたのは、春の日のことです。会場のホワイトシップには、大西洋社長をはじめとする三越伊勢丹グループの役員のみなさんが顔を揃えました。仕事では数多くの修羅場をくぐり抜けてきた百戦錬磨のみなさん。しかし、みなさんの笑顔に貼りついていたのは、新入社員のような緊張感ある固さでした。
「子どものころから、絵は下手でしたからねえ……」
大西社長の言葉に、全員が頷いています。みなさんは、ご自分が「絵を描く」ことを苦手と思っていて、ワークショップに参加することに不安を覚えていたのです。三越伊勢丹執行役員営業本部商品統括部リビング統括部長の笹森良子さんは「笠原さんに連れてこられたんですよ」と渋い表情です。笹森さんを巻き込んだ三越伊勢丹ホールディングス執行役員経営戦略本部経営企画部長の笠原慶弘さんは「広報に言われたから……」と苦笑いを浮かべています。三越伊勢丹ホールディングス常務取締役グループ人財本部長の竹内徹さんも、そうはおっしゃいませんが進んで参加したわけではなさそうです。

左からホワイトシップ・長谷部貴美さん、三越伊勢丹・大西洋さん、竹内徹さん、笹森良子さん、笠原慶弘さん
不測の突発的な事態が起こっても、仕事であれば肝を据えて対応してきた方々。こと絵に関しては、どうも勝手が違うようです。
三越伊勢丹グループのみなさんが臨むこのワークショップは、もともと「絵はもっと自由に描いていい」という思いを伝えようと、子ども向けに考案されたプログラムです。それが今では、企業向けプログラムにもアレンジした「Vision Forest」という組織変革アプローチとして発展しています。プログラムを共同で提供するのは、アート教育の企画・運営やアーティストのマネジメントを行う株式会社ホワイトシップと、ビジネスコンサルティングサービスの株式会社シグマクシスです。本誌の連載「リーダーは『描く』」では、両社の全面協力のもと実際にワークショップを実施し、その様子を記事化しています。
ホワイトシップ代表の長谷部貴美さんが、ワークショップの口火を切る問いを投げかけます。
「このワークショップを楽しみにされていた方……?」
沈黙。誰も手が挙がりません。
「まあ、楽しみじゃないわけではないのですが、みなさんに見られるのがねえ……」
そう絞り出したのは大西さんです。純粋に絵を描くことを楽しむという発想からは、かなりの間遠ざかっているのは間違いありません。そんな人たちにいきなり絵を描かせるのは難しいのではないでしょうか。まずは絵を鑑賞することから始めます。参加者は、一つの絵を思い思いの視点で見つめました。
それでも、まだ固い雰囲気は和らぎません。そんな雰囲気を察してか、ホワイトシップのアーティスト谷澤邦彦さん(kuniさん)が口を開きます。

アーティスト谷澤邦彦さん(kuniさん)
「僕も、子どものころは絵が苦手だったんですよ」
今ではアーティストとして活動するkuniさんも、子どものころから「神童」だったわけではないといいます。
「そのダメだった人間が作ったプログラムですから、みなさんも大丈夫ですよ」
Kuniさんは参加者を勇気づけると、描き方の説明に入っていきます。
使用するパステルという画材を画用紙に乗せ、それを指でこする「こすりング」、正方形の画用紙を回すことで、自分の描いた絵が違った印象に見えるという「まわしング」。いつもなら参加者の笑いを誘うkuniさんのギャグも、この日は不発気味です。
「なるほど、こすりングと言うんですね」
「まわしングですか、そうですか」
参加者は笑うどころか、真剣な表情で大きくうなずいています。
意を決したkuniさんは、これまでのワークショップでは披露してこなかった渾身のギャグで勝負に出ます。
「描き終わった絵は、額に入れて飾ります。額に入れると、また違った印象になりませんか?」
実際にやって見せると、参加者はその違いに感嘆の声を上げます。
「みなさんの絵もこうなるんですよ。額の力ということで『ガクリョク』と言います」
大笑い。やっと場がほぐれてきたようです。
ワークショップのテーマ「働くうえで大切にしていること」が発表され、いよいよ実際に絵を描くプロセスに移っていきます。