このビジネスモデルは極めて一般的なものだが、その事実が本当に理解されたのは、ジャン-シャルル・ロシェとジャン・ティロールの論文が2000年以降に広まり始めてからだ(英語論文)。同論文は実証的証拠に基づく系統的なフレームワークを通して、成功を収めたプラットフォームがどう運営されていたか、そして、なぜ先駆的マッチメーカーの一部が成功し、ほとんどは成功しなかったのかについて説明している。

 我々の実証研究の一部は新著Matchmakers: The New Economics of Multisided Platformsに記されているが、他の多くの経済学者も有意義な研究を行っている。そして既刊Paying with Plasticの中で我々は、決済プラットフォームに特に着目し、その成否を分けた要因に焦点を当てた。

 現代の決済カード産業は、1950年のダイナーズクラブから始まった。同社はまず、マンハッタンという狭い地域で、最小限必要な数のカード保有者とレストランを開拓することに専念した。そして、この地で「分厚い市場」を確保すると、別の都市へと広げ、やがてレストラン以外の分野も取り込んでいった。また、その他の決済ネットワークもさまざまな方法で、まず十分な数のカード保有者と事業者を迅速に確保する戦略を展開した。

 我々は最近、米国内でのモバイル決済のスタートアップの動向を追っている。このうち数社は、当初からとても潤沢な資金を持っていた。まずはグーグル・ウォレット。そして米国の携帯通信事業者4社のうちの3社が出資していた、ソフトカード。ウォルマートを含む大手小売数社が出資していた、カレンシー(CurrenC)もあった。

 これらはいずれも失敗に終わっている。ソフトカードとカレンシーは正式に姿を消した。グーグル・ウォレットは、一連のつまずきの後に再リリースされた。その他の、それほど目立たなかった多くのスタートアップは、ひっそりと終焉を迎えた。

 我々がこれらの事業の初期段階を分析したところ、2つの大きな過ちが明らかになった。

1.これらの企業は、消費者にとっての重要な問題を解決したわけではなかった。米国では、ほとんどの店で決済カードが非常にたやすく、効率よく利用できる。消費者や小売業者にとっては、さらなる付加価値がなければ、別の手段を採用する強い理由が存在しなかった。

2.失敗した企業は、臨界量の達成に必要な密度をつくり出すための、有効な戦略を持たなかった。これらのモバイル決済サービスはいずれも、NFC(近距離無線通信)端末が設置されている店でのみ機能するテクノロジーに依存していた。だがほとんどの事業者はこの端末を持たず、それを導入するための出費は望まなかった。したがって消費者は、ほとんどの店でモバイル決済を利用できなかったため、どこでも使えるというありがたみはない。大多数の消費者がモバイル決済を切望しない以上、事業者側にも新たな端末を導入する強い理由はなかった。

 こうした考察を踏まえれば、ティム・クックのプレゼンの時点で、アップルペイが困難に直面するであろうことは明白であった。実際に、筆者らの1人は2014年の9月と10月にPYMNTS.com(決済と商取引に関するニュースサイト)の記事で、アップルペイが臨界量を確保することは困難であると予測している。利用を刺激するアプローチが焦点を絞っていないため、そして、解決の対象は消費者と事業者の大きな不都合とは思われないためだ。

 そもそも、アップルペイの筋書きは正しくない前提に基づいていた。クックはプレゼンで、米国では小売業者への支払いにカードを使うのは不便だと主張し、それを証明するために次のような動画を見せた。女性はカードを見つけようと財布の中を探り、機械はカードを1度で読み取れず店員が何度かやり直す。その店員は、免許証の提示と署名を女性に求める。

 だが、実際にはほとんどの人にとって、米国の店舗で決済カードを使うのは非常に簡単であり、時間もかからない。ほんの2、3秒程度が通常だ。アップルペイは多くの点で洗練されていたが、消費者への価値提案は「簡単に使える」ことであった。しかし、それはカードも同じだ。マンハッタンにおけるダイナーズクラブとは異なり、アップルペイが対処しているのは大きな不都合なのかが明確でなかったのである。

 アップルの利用刺激策も、その成功に待ったをかけるものだった。消費者がアップルペイを利用できたのは、NFC端末を設置している店のみ。だが2014年後半でも、端末が置かれている店はわずかだった。また消費者にとっても、アップルペイを利用できるのは、新機種iPhone 6を持っている人だけだった。つまり、既存のiPhoneユーザー基盤のほとんどに加え、アンドロイドを利用している多くの消費者も対象外であった。

 このようなアップルペイの仕組みでは、臨界量の達成に必要な密度を確保するのは困難であった。限られた消費者しかアップルペイを利用できないため、事業者にとっての価値は下がる。そして、限られた事業者しかアップルペイを受け付けないため、消費者にとっての価値も下がるわけだ。