この断絶について、あまり知られていない側面がある。白人労働者階級は、プロフェッショナル(高度の専門職従事者)を快く思っていないが、富裕者には尊敬の念を持っているのだ。
アルフレッド・ルブラノは著書“Limbo: Blue-Collar Roots, White-Collar Dreams”で、階級移行者(ブルーカラーの家庭に生まれ、ホワイトカラーのプロフェッショナルになった人)のこんな言葉を載せている。「プロフェッショナルは基本的に信用できない。上司は大学出の若造で、物事のやり方を何ひとつわかっていないのに、私が仕事をどうやるべきかについてならアイデアが溢れている」
バーバラ・エーレンライクは、1990年の著書『「中流」という階級』でこう述懐している。ブルーカラーだった彼女の父は「医者という言葉を、“やぶ”という前置詞なしでは言えなかった。弁護士を“いかさま師”、(中略)大学教授を1人の例外もなく“ほらふき”と呼んだ」
ハーバード大学教授のミシェル・ラモントも、著書“The Dignity of Working Men”の中で、ブルーカラーによるプロフェッショナルへの怒りについて述べている。だが富裕者に対しては、そうではなかったという。文中のある労働者いわく、「(成功者の)成功そのものを責めるつもりはない」。別の受付係は言う。「お金持ちは世の中にたくさんいるけど、全部自分で必死に働いて得たお金でしょう」
この差はなぜだろうか。1つには、ほとんどのブルーカラー労働者は富裕者と直接関わる機会が少ないからだ。せいぜいテレビで「ライフスタイル・オブ・リッチ・アンド・フェイマス」(裕福な有名人の生活を紹介する番組)などを見るぐらいだ。かたやプロフェッショナルは、ブルーカラーに毎日命令している。
ブルーカラーの夢は、「中流の上位」になり、いままでと違うものを食べ、違う家族や友人関係を持つこと、ではない。居心地がよい現在の階級環境で、もう少しだけ金銭的余裕をもって暮らしたいのだ。ある機械操縦士はラモントにこう語っている。「最も肝心なのは、自主自立だよ。自分で自分に命令して、他人から指図される必要がなくなることだ」。目標は、みずから事業主になること。これも、トランプが彼らを惹きつけた要因である。
対照的にヒラリー・クリントンは、プロフェッショナルエリートの愚かさ、傲慢、うぬぼれの体現者と見なされた。愚かさは、パンツスーツ。傲慢は、メールサーバー。うぬぼれは、トランプ支持者の半分を「嘆かわしい人々の集まり」とした物言い。
なお悪いことに、彼女の物腰は、エリート層ならば「女性でさえも」労働者階級の男性を見下してよいのか、と度々思わせてしまった。トランプを大統領不適合者として見下し、彼の支持者たちを人種差別者、性差別者、同性愛嫌悪者、外国人嫌悪者であると切り捨てた。
トランプのぶっきらぼうな物言いは、ブルーカラーの「率直に話す」という価値観に共鳴した。「率直さは労働者階級の規範である」とルブラノは指摘し、あるブルーカラー男性から言われた言葉を載せている。「私に対して何か問題があるなら、話しに来てほしい。従うべき方法があるなら、直接言ってほしい。裏表がある人は嫌いなんだ」
ラモントが話を聞いた電気技師によれば、率直な物言いには「男らしい勇気が必要」だと考えられており、「女々しい意気地なし」ではない証だという。トランプが歓迎されるのも無理はない。
クリントンは、「公の立場と私的な立場は違う」と考えていることを、ぎこちない説明で認めた(訳注:過去にゴールドマン・サックスでの講演でそのように発言したことを、ウィキリークスが暴露。トランプとの討論会でこのことを指摘されたクリントンは、アブラハム・リンカーンの駆け引きに例えて正当化した)。彼女には裏表があるというさらなる証拠だ。
「男としての威厳」は、労働者階級の男性にとって重要な問題であり、自分たちにはそれがないと感じている。トランプが約束したのは、政治的正しさから解放された世界、そして過去への回帰だ。男たちが男らしく、女たちが居場所をわきまえていた時代。それは高卒の男たちに、懐かしさと安心感を与えた。あと30年早く生まれていれば私の義父のようになったかもしれない彼らは、今日、自分たちを負け犬と感じている。あるいは、感じていた。トランプと出会うまでは――。
ほとんどの男性にとって「男としての威厳」は重要だが、同じく「大黒柱」としての立場も重要だ。多くの人々はいまだに、給与額を男らしさの尺度としている(英語記事)。白人労働者階級の男性の給与は、1970年代に下がり始め、2008年からの大不況が追い打ちをかけた。
申し上げておきたいが、私とて彼らの「男らしさ」が違う方向に向けばよかったとは思う。しかしほとんどの男性は(そして女性も)、生まれ育った環境特有の理想を実現しようと目指すものだ。ブルーカラー男性の多くが求めているのはひとえに、人間としての基本的な尊厳(の男性版)なのだ。トランプは、それを与えると約束した。
一方の民主党支持派は、どんな解決策を示したのか。10月21日の『ニューヨーク・タイムズ』紙は、高卒男性は「ピンクカラー」(医療、教育、事務など女性が多い職種)の仕事をせよと勧めている(英語記事)。
無神経とはまさにこのことだ。伝統的に女性が多いそれらの仕事に、エリート男性が殺到していないことはおわかりだろう。それを白人労働者階級の男性に勧めるのは、怒りに油を注ぐだけだ。
クリントンの身に起きたことは、不公平だろうか。当然だ。最初は有望な候補者ではないとされ、次に経歴過剰と言われた。そして突然、過去の過ち(メール問題)をもって失格の烙印を押された。トランプが「本物の男」と見なされたのに、彼女は「嫌な女(nasty woman)」と言われた。テレビ討論会の初回のみ明らかに優勢だったのは、女性らしさを保ったから、という点も不公平だ。その後、戦闘モードに戻ったことは、大統領候補としては正しい。だが、女性としては間違いだと見なされた。今回の選挙では、性差別が大方の想像以上に強く根づいていることが露呈した。
それでも、女性は団結しない。白人労働者階級の女性たちがトランプに投じた票は、クリントンを実に28ポイントも上回った(62%対34%)。これがもし半々に割れていたら、クリントンが勝利していた。
とはいえ、階級は性別に勝る。階級こそが米国の政治を左右している。両党の政策立案者、特に過半数を取り戻したい民主党員は、以下5つのポイントを覚えておくべきである。