1.労働者階級とは「中間層」を意味し、貧困層ではないことを理解する
この用語は混乱を招きやすい。進歩派(プログレッシブ)が「労働者階級」について語る時、たいていは貧困層を指している。しかし米国世帯で下位30%を占める低所得者と、文字通り「中間」にいる人々は大きく異なる。中間50%を占める世帯の平均収入は、2008年には6万4000ドルであった。これこそ真の中間層であり、彼らは自身を指して「中間層(ミドルクラス)」と「労働者階級(ワーキングクラス)」のどちらの言葉も用いる。
私の友人は先ほどこんなメールをくれた。「問題は、民主党は自分たちの政策(有給病欠! 最低賃金!)が労働者階級の助けになると思っていることだよ」。有給休暇を数日もらったところで、家族は養えない。最低賃金も同様だ。白人労働者階級の男性は、時給が9ドル50セントから15ドルに上がったマクドナルドで働くことに興味はない。彼らが望むのは、私の義父にあったもの――米国人の75%を占める非大卒者に、堅実な中流生活をもたらす、安定したフルタイムの仕事なのだ。
トランプはそれを約束した。その実現性を私は疑っている。だが少なくとも、彼は中間層が何を必要としているかをわかっている。
2.貧困層に対する労働者階級の怒りを理解する
オバマ大統領が「新たな2000万人への医療提供」を掲げて、オバマケアを推進したことを覚えておられるだろうか。白人労働者階級は「また中間層の負担で貧困層を救うのか」と嘆いたが、ある部分ではこれが顕在化している。貧困層が医療保険に加入できた一方で、それよりわずかに余裕のある人々の一部は保険料が上がった。
進歩派は1世紀以上にわたり、貧困層に多くの関心を注いできた。それが(複数の要因と相まって)、貧困層を対象とする社会保障施策の数々ができた。家計調査に基づくこの種の施策は、対象者の支出と税負担を抑制していけるかもしれない。しかし貧困層を救っても、中間層を顧みないものであれば、階級間の対立の素になるのだ。
たとえば、貧困世帯の28.3%には育児補助金が支給されるが、中間層にはそうした補助がほとんどない。私の義姉はヘッドスタート(国の育児支援施策)にフルタイムで勤務し、貧困女性に無償の育児を提供していた。しかし給与は低く、自身の生活費にも困るほどだった。
この状況に彼女は憤っていたが、無理もない事実がある。支援対象の女性の一部は、働いてさえいなかったのだ。ある母親は子どもの迎えに遅れて来たが、手には百貨店メイシーズの買い物袋を持っていた。義姉は怒りで青ざめたという。
この怒りを的確に綴っている参考文献として、Hillbilly Elegy(2016)、Hard Living on Clay Street(1972)、Working-Class Heroes(2003)などがある。
3.階級の分断が、いかに地理的に反映されているかを理解する
民主党支持派への助言として現在までに最も妥当と思えるのは、「柔軟な若者はアイオワに行こう」(共和党州で民主党に勝たせたい人は、そこに自分が移住すればよい)というものだ(英語記事)。階級間の対立は、都市部・地方部の分断と重なっている。米国の青い(民主党基盤の)両岸に挟まれた、広大な赤い(共和党基盤の)土地では、労働者階級で無職または障がいを持つ男性の数は衝撃的に多い。この状況が、鎮痛剤中毒による絶望的な死亡の増加につながっている。
広大な地方部は衰退に向かい、苦しみの痕跡が残される。米国の政治家がこの問題を論じるのを、あなたはいつ聞いたことがあるだろうか? いや、一度もないはずだ。
ジェニファー・シャーマンの著書“Those Who Work, Those Who Don't”(2009)が、このテーマを見事に取り上げている。
4.白人労働者階級の有権者に訴えるには、経済問題を中心に据える
「白人労働者階級は馬鹿すぎる。4年ごとに共和党に利用されて結局はだまされることに、気づかないのか」。この類の言葉を、私は繰り返し耳にしてきた。そして実際、白人労働者階級の心情もこれと一致している。だからこそ彼らは、共和党のエスタブリッシュメントを拒絶した。ただし、民主党のほうがよいと思っているわけでもない。
これまで両党とも、GDP全体にプラスという理由で自由貿易協定を支持してきた。メキシコやベトナムに仕事が流れて職を失ったブルーカラー労働者を顧みないままだ。オハイオ、ミシガン、ペンシルバニアといった重要な激戦州にいるのは、まさにブルーカラー労働者なのだ。失礼ながら、馬鹿なのはどちらだろうか。
1つ重要な点として、自由貿易協定は我々が考えるよりもはるかに高くつく。(自由化の影響を補う)持続的な雇用創出と研修プログラムも、そのコストに含める必要があるからだ。
何より、両党とも中間層に仕事をもたらす経済施策が必要だ。共和党は「アメリカン・ビジネスの復活」を掲げる。しかし民主党は、文化的な課題にこだわり続けている。トランスジェンダー用のトイレが重要である理由は、私も全面的に理解している。だが同時に、文化的課題ばかり優先する進歩派のこだわりが、経済を最も心配する多くの米国人を怒らせる理由も知っている。
ブルーカラー有権者が民主党の強固な支持基盤だった1930~70年の間、「立派な仕事・職」は進歩的なアジェンダの中心にあった。近代産業政策によって、ドイツと同じ道をたどれるとされた(切れ味抜群のハサミが欲しいなら、ドイツ製だ)。
労働者が給与のよいニューエコノミーの仕事に就けるよう訓練するために、地元のビジネスと連携したコミュニティカレッジのプログラムが必要だ。それには、巨額の財政支援が求められる。クリントンはこの施策に言及した――他のたくさんの施策と並べながら。つまり、強調しなかったのだ。
5.ブルーカラーの怒りを、「人種差別」の一言で切り捨てることを避ける
経済への怒りは人種に関する不安をあおり、トランプ支持者の一部(およびトランプ自身)によるあからさまな人種差別に結びついている。しかし、白人労働者階級の怒りを「人種差別以外の何物でもない」と切り捨てるのは、安易な知的満足にすぎず、危険である。
今日の警察に関する国を挙げての議論は、階級間の対立に油を注いでいる。これは1970年代に起きた状況とまったく同じであり、当時の大学生は警官を「豚」と愚弄した。そうした行為こそ階級闘争へとつながる。
警察は、非大卒の米国人に開かれた数少ない立派な職だ。安定した給与、充実した福利厚生、地域コミュニティでの尊敬が得られる。たしかに、警察社会における人種と性別に基づく侮辱はこれ以上許されない。しかしエリートが警官を差別者と決めつけるのは、階級に基づく侮辱がいまだに根づいていることの明白な証である。
タバコを売っていただけの市民を殺した警官を、私は擁護などしない。しかし今日、警察を悪魔扱いする人は、有色人コミュニティに対する警察の暴力を絶つことがいかに難しいかを十分に理解していない。警官は、命の危機にある状況で瞬時の判断を迫られる。私にはその必要がない。もしその必要が自分にあれば、時に愚かな判断をする可能性だってある。
このような言い方は、大いに嫌われる。ここ西海岸で、私は友人たちからつまはじきにされるリスクを冒している。
だが今日、私を含む米国人にとって最大のリスクは、階級に関する無知が続くことなのだ。階級間の文化的断絶を埋めるために手を打たなければ、トランプがオハイオ州ヤングズタウンに鉄鋼業を取り戻せないと判明した時、危険な結果を招くかもしれない。
2010年、拙著“Reshaping the Work-Family Debate”のプロモーションで各地を回った私は、ハーバード大学ケネディスクールで上記のポイントをすべて話した。講演主催者の女性は民主党の主要活動員で、私の話を気に入ってくれた。「あなたはまさに、民主党員が聞くべきことをおっしゃっています。でも彼らは、けっして聞こうとしません」と、彼女は途方に暮れていた。
いまこそ耳を傾けてくれることを、私は願う。
HBR.ORG原文:What So Many People Don’t Get About the U.S. Working Class November 10, 2016
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