ワイガヤから一転、絵に没頭する参加者たち
このワークショップはもともと、「絵はもっと自由に描いていい」という思いを伝えようと子ども向けに考案され、2002年に始まりました。その後、それを大人向けに実施できないかという要請があり、2004年からは大人向けにアレンジしたワークショップがスタートします。今では、企業向けにアレンジした「Vision Forest」という組織変革アプローチとして発展。2015年には、参加者がのべ1万人を突破したといいます。
ワークショップを共同で提供するのは、アート教育の企画・運営やアーティストのマネジメントを行うホワイトシップ、それにビジネスコンサルティングサービスのシグマクシスです。本誌の連載「リーダーは『描く』」では、両社の全面協力のもと実際にワークショップを実施し、その様子を記事化しています。
鑑賞に続いて、kuniさんによる描き方の説明に移ります。使うのはパステル。それを指で画用紙にすり込んでいきます。その工程を、kuniさんはいつものジョークで伝えます。
「これを『こすリング』と言います」
反応はありません。前回のJリーグのみなさんのときと一緒です。
「そういう美術用語があるのかと思ったよ」
栗原さんが苦笑しながら言います。
このパステルは、クレヨンとは違って消しゴムで消せるという特徴があります。思うように描けなければ、途中で軌道修正できます。ここでkuniさんのジョーク。
「消したい過去は、いくらでも消せるんです」
再び栗原さんが反応します。
「過去は消えないよ。焼き付けられているからね」
富士ゼロックスさんらしい返しです。
ワークショップでは正方形の画用紙に描いていきます。絵の向きを四方向に変えることができ、それぞれ違った印象になります。その違いを実感してほしいと言うと、kuniさんは「これを何と言うかわかりますか」と問いかけます。
「まわ……」
そのあとに続く言葉を口にしたのは船田さんでした。
「リング?」
こすリングに引っ張られたようです。
「残念。シングです」
kuniさんがそう言うと、船田さんは消え入るような声でつぶやきました。
「ダメだわ……」
そんな船田さんの様子を見かねて、kuniさんがフォローします。
「いやいや、そんなことでダメだと思わなくていいですよ(笑)」
そんなやり取りが続いたあと、描くテーマが発表されました。
「働くうえで大切にしていること」
まずはワークシートに自分の大切にしている思いを文字で書き、それをもとに絵に表現していきます。ワークシートの記入を終えたら、いよいよ描く段階に入ります。
その前に、12色の画用紙から自分の思いにふさわしい色を選ぶ作業があります。これまでのワークショップでは、さっさと決める人もいれば、さんざん迷った末に決める人もいましたが、基本的には1人で考えて決めるケースしか見てきませんでした。しかし、今回は違います。4人で色選びについての議論が始まってしまったのです。
「ここで話し合うチームは珍しいですよ」
長谷部さんも少し驚いているようです。
色を決めて席についてからも、手を動かすには動かしていますが、口も同じぐらい動かしています。当初の緊張感が払拭されて、リラックスした状態になるのは良いのですが、このままでは絵と向き合えません。「それでは、そろそろ描く方に集中しましょう」と声が掛かります。
しかし、そこからの集中力は特筆すべきものがありました。
描き方の説明の際、長谷部さんやkuniさんは必ず「40分は集中してください」と参加者に伝えます。裏を返せば、40分間集中して描き続けることが難しいということです。ところが、今回は40分が過ぎても誰ひとりとして手を止めようとしません。むしろ、取材時間の関係で周囲がソワソワし始めたために「切り上げた」という印象を受けました。
「現実に戻っちゃったよ」
描き終えたばかりの栗原さんの言葉が、全員の集中度を象徴していました。そんなみなさんは、それぞれどのような思いを絵に込めたのでしょうか。