資源ベース理論の普及に貢献した
2つの論文

 1980年代を通じて脈々と形成されつつあった資源ベース理論であるが、その普及への道筋をつけたのは2つの作品であった[注14]。

 1つは、実務家に対して資源を軸に考える重要性を広めた、C. K. プラハラッドとゲイリー・ハメルが1990年に発表した「The Core Competence of the Corporation(コア・コンピタンス経営)」[注15]である。もう1つは、研究者に向けて資源ベース理論を体系的に取りまとめた、ジェイ・バーニーが1991年に発表した「Firm Resources and Sustained Competitive Advantage(企業の資源と持続的な競争優位)」[注16]であった。

 それぞれどのような役割を果たしたのか、順に見ていきたい。

プラハラッドとハメルによる貢献
 

 プラハラッドとハメルの論文は、1990年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』における年間最優秀論文賞(マッキンゼー賞) を受賞するなど、実務家に高く評価された。また、ワーナーフェルトをして「多くの学術論文がすでに出版されていたにもかかわらず、実務家への資源ベース理論の普及に関しては、彼らの貢献がすべてであった」と言わしめる[注17]ほど圧倒的な注目を浴びた。

 この論文はまず、1980年代の日本電機(NEC)とGTEの競争を取り上げ、1980年にはNECの3倍の売上高を誇ったGTEが、結果的にNECの後塵を排することとなった理由は、両者が自社の事業をどう理解していたかの違いであると主張する。

 GTEは、多角化した事業それぞれの産業の特性、事業の収益性を分析することから自社を理解していた。一方のNECは、自社の競争力を高めるためには、競争力の源泉となりうるコア製品、すなわち半導体の競争力を高めることが重要であると自社を理解していた。プラハラッドとハメルは、GTEが外部環境の分析から自社の事業ポートフォリオを決定して失敗したのに対して、NECが内部環境の分析から自社の事業のあり方を決定して成功したと分析したのである。

 そして、そのような自社の事業のあり方を方向づけるものを、プラハラッドとハメルは「コア・コンピタンス」と呼んだ。 コア・コンピタンスとは、広範かつ多様な市場への参入可能性をもたらすものであり、また最終製品が顧客に提供する価値を向上させるものであり、他社には模倣が困難な技術やスキルあるいはその融合体を示す。

 プラハラッドとハメルは、表1を用いて、戦略事業単位(Strategic Business Unit)による経営とコア・コンピタンスによる経営を比較する。

表1:SBUか、コア・コンピタンスか

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出典:DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部『戦略論 1957-1993』(ダイヤモンド社、2010年、p.307)。原典は以下。Prahalad C. K., & Hamel G. 1990. The Core Competence of the Corporation. Harvard Business Review, 68(3): 79-91., p. 86.

 戦略事業単位による経営とは、各事業単位に製品ごとの戦略を任せ、全社の戦略は戦略事業単位間の経営資源の配分、予算管理に注力するような経営である。それはまさに、BCGマトリックスに代表されるような事業ポートフォリオ管理を中核とした経営であった。それに対して、コア・コンピタンスによる経営とは、全社の戦略を個々の事業が持つ競争力の源泉、すなわちコア・コンピタンスの獲得と育成と、そのための組織的な集団学習の仕組みづくりに注力させることに重点を置く。

 プラハラッドとハメルは、「20年ほど前(注:1960年代)に多角化企業を経営するために考案された分析手法は役に立たない」と主張し、最終商品の競争に基づく経営をするのではなく、コンピタンスと、それと最終製品を結びつけるコア製品、すなわち最終製品の価値を決定づける部品・部材や技術で経営すべきとした。

 彼らはこれを「事業ポートフォリオ」対「コア・コンピタンス・ポートフォリオ」という構図で理解した。そしてキヤノン、ホンダ、ソニー、ヤマハ、コマツ、カシオといった日本企業は、コア・コンピタンスの獲得と、育成に必要な組織的な集団学習に優れることで競争力を得たと議論する。

 前回議論したように、マイケル・ポーターの競争戦略は、産業組織論(特にSCPモデル)の知見を応用したことで、産業構造分析から自社の戦略を検討する方法論をより具体化した。単に産業全体を議論するのではなく、その中に存在する戦略グループの検討を重ねることで、産業内の競争を明確に意識した戦略立案を提示したのである。ただしそれも、経験曲線からBCGマトリックスに連なるような、事業ポートフォリオを主体とした戦略構築の系譜に留まっていた。

 それに対してプラハラッドとハメルの議論は、その時代の終わりを明確に告げるものであった。戦略事業単位を中核に、外部環境の分析から産業構造を理解し、BCGマトリックスのような枠組みを用いて自社の経営戦略を考えていては、技術革新が継続する変化の時代には対応できない。産業構造も短期間で劇的に変わるため、既存産業の枠組みを分析しているうちに、新興企業がいつの間にか顧客を奪い去ってしまうからである。

 外部環境ではなく、自社の競争優位の源泉たるコア・コンピタンスに目を向けることで、新しい時代の競争を勝ち残ることができる。この考え方は特に、日本企業の攻勢にあえぐ米国企業の経営者に大きな衝撃を与えた。

 一方で、この議論には、リチャード・パスカルがBCGのレポートに対して行ったのと同じ批判(Honda Effect)が当てはまる可能性がある。この論文では、コア・コンピタンスというレンズを通じて日本企業を解釈し、日本企業の成功を持ってコア・コンピタンスが優れていると説明する。しかし実際に、日本企業がコア・コンピタンスを意識したうえで経営を展開したかはわからないのだ。したがって、この作品は優れた解釈を提供したものの、学術研究としての価値が高いとは言えない。

 とはいえ、それまでの方法論の不備を指摘し、新たな道を明確に示したことは事実である。そしてそれは、実務家の圧倒的な支持を受けた。以降、企業の内部の要因を軸に競争優位を捉える考え方が主流へと変わっていく。

バーニーによる貢献
 

 プラハラッドとハメルに対して、バーニーの「Firm Resources and Sustained Competitive Advantage」は、特に研究者に高く評価されている。

 私が博士号を取得するときの講義では、ある教員がこの論文をこう評した。「この論文は、新規性や革新性という点では特筆に値しない。したがって、トップジャーナルにそのまま掲載されるべきとは思わない。しかし、結果的には多くの研究者の目に止まり、その利便性により、何度も引用されるに至っている」

 もちろん、この評価がすべてとは言うつもりはない。ただ、バーニーの価値を図るうえで重要な示唆が含まれている。たとえば、この論文はGoogle Schalarで5万回引用されている。しかしその理由は、おそらくその新規性でも、革新性でも、厳密性でもない。

 この論文はまず、ポーターに代表されるような、SCPモデルを応用した外部環境分析を適切に批判することで、内部環境分析の必要性を提示している。前回議論したように、SCPモデルは、同一の産業構造にあり、同一の戦略グループにある企業は、その戦略も資源も同一であるという仮定を置いている。また、そうした企業が独特な資源を保持できたとしても、それは短期間で他社も獲得しうるとする。

 だが、この単純な前提の下では、産業構造も戦略グループも同じ企業によるパフォーマンスの差異が長期的に持続する理由を説明できない。バーニーは、これが資源ベース理論の学術的な興味関心の出発点であったことを再確認する。

 次に、資源ベース理論の先行研究を引用しながら、企業が保持する資源が各自独特であり、その移動も困難であるという前提を置くことで、この問題に答えることができると解説する。すなわち資源ベース理論では、同一の産業構造、同一の戦略グループ内の企業であっても、それぞれが独特の資源を保持しうるという前提を置いている。これを「資源の異質性(Resource Heterogeneity)」と呼ぶ。加えて、それらの資源は短期間では他者に獲得されえないことも前提とした。これは「資源の固着性(Resource Immobility)」と呼ばれている。この2つの前提を置くことで、資源ベース理論は持続的な競争優位を分析できる。

 さらにバーニーは、その2つの前提が存在しないとき、SCPモデルでも先行者利益や参入障壁、移動障壁の概念で持続的な競争優位が説明できるとする立場に反論する。ベインの参入障壁やケイブスとポーターの移動障壁の概念(前回参照)は、参入障壁が高い特定の産業に属する企業、または移動障壁が高い特定の戦略グループに属する企業が、それらに属さない企業に対して競争優位を持ち、それにより超過利潤を得ると説明する。それに対してバーニーは、参入障壁や移動障壁が生じることは、資源の異質性と資源の固着性の概念がなければ説明が難しいと反論した。

 バーニーはこのように述べる[注18]。

「参入障壁や移動障壁が存在するためには、それらの障壁によって守られる企業が、参入を試みる企業とは異なる戦略を実行する必要がある。そして、参入を制限された企業は産業内やグループ内の企業と同じ戦略を実行することはできない。戦略の実行には企業の独自の資源の活用が必要であるのだから、障壁によって守られる企業と守られない企業が同じ戦略を実行できないことは、これらの企業が異なる戦略的な資源を持っていることを示唆する」

 この発言からもわかるように、バーニーは参入障壁や移動障壁の議論を否定したのではない。参入障壁や移動障壁の存在する前提を説明するためには、資源ベース理論と同様に、資源の異質性と資源の固着性という概念を導入したほうが適切であると主張したのである。

 バーニーはさらに、上記2つの前提のもとであれば、参入障壁や移動障壁の概念がなくとも、個々の企業が保持する資源の特性が異なること自体から、特定の資源を保持する企業が持続的な競争優位、すなわち超過利潤を得ることができると解説し、資源ベース理論の価値を説いた。

 バーニーの立論が優れている点は、既存の理論的説明を否定するのではなく、それを補完する概念を導入することから、競争優位の源泉に対する別の経路を説明する可能性を切り開いたことである。彼は、資源の異質性と資源の固着性という2つの出発点が、既存理論の強化にもつながるとすると同時に、その2つの概念を出発点とすれば、資源をベースとして競争優位の源泉を議論できることをシンプルかつ明確にまとめた。

 この論文で提示されている概念は、図1のように極めてシンプルである。

図1:バーニーが提示した資源ベース理論の概念

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出典:Barney J. 1991. Firm Resources and Sustained Competitive Advantage. Journal of Management, 17(1): 99-120. p. 112.

 左側が、資源の異質性と固着性という議論の前提条件であり、中央が異質性と固着性をもたらす資源の特性である。そして、それらの特性を持つ資源の束である企業が、右側の持続的な競争優位を持つと説明する。すなわち、「価値があり、希少性があり、模倣可能性が低く、代替可能性も低い資源が、企業の他者との差別化(異質性)を可能として、それを持続させること(固着性)につながるので、それが持続的な競争優位の源泉となる」と立論した。

 実務家からすれば、わざわざ聞くまでもない説明である。また、実際に論文を読んでも、簡単なことを複雑に書いているようで理解が難しいと感じるだろう。だが、資源ベース理論を端的にまとめると同時に、その学術研究における立ち位置を明確化した点において、この論文には価値がある。

 たしかに、新規性も革新性もないかもしれないが、学術論文の価値はそれだけではないことを再確認させてくれる論文である。新たな学術研究の潮流を端的にまとめ、そのエッセンスを抽出し、先行する学問体系とそれに関連する学問体系とのつながりを可視化すること。学術研究においては、それも後世に高く評価され得る貢献なのである。

 なお、バーニーの1991年の論文から20年を迎えた2011年、その論文を掲載した『ジャーナル・オブ・マネジメント』は「Twenty Years of Resource-Based Theory(資源ベース理論の20年)」と題する特別号[注19]を刊行した。資源ベース理論の学術的検証を詳細に行うことは本稿の趣旨ではないため、その代表的な展開を理解するためには、この巻頭言に掲載された「The Future of Resource-Based Theory: Revitalization or Decline?(資源ベース理論の未来:再生か、衰退か)」と、そこで紹介されている論文[注20]を確認することを推奨したい。

[注14]資源ベース理論を元にした経営戦略論の起源は、C. K. プラハラッドとゲイリー・ハメルの1990年の論文を軸に、ハメルが筆頭著者となって1994年に出版された『Competing for the future』(Hamel, Gary, & Prahalad, C. K. 1994. Competing for the Future. Harvard Business School Press.〔邦訳は『コア・コンピタンス経営』一條和生訳、2001年、日本経済新聞社〕)と紹介されることも多い。
[注15]Prahalad C. K., & Hamel G. 1990. The Core Competence of the Corporation. Harvard Business Review, 68(3): 79-91.
[注16]Barney J. 1991. Firm Resources and Sustained Competitive Advantage. Journal of Management, 17(1): 99-120.
[注 17]原文は「Despite the number of academic papers that had been published on the subject by that time, I believe these authors were single- handedly responsible for diffusion of the resource- based view into practice.」(Wernerfelt B. 1995. The Resource-Based View of the Firm: Ten Years After. Strategic Management Journal, 16(3): 171-174., p.171.)
[注18]Barney J. 1991. Firm Resources and Sustained Competitive Advantage. Journal of Management, 17(1): 99-120., p. 105.
[注19]資源ベース理論を理解するうえでは、1991年のバーニーの論文が掲載された特別号(Journal of Management, 17(1))、10周年を記念した特別号(Journal of Management, 26(1))、そして20周年を記念したこの特別号(Journal of Management, 37(5))が大いに参考になる。
[注20]Barney J. B., David J., Ketchen J, & Wright M. 2011. The Future of Resource-Based Theory. Journal of Management, 37(5): 1299-1315.