資源ベース理論の拡張:
資源、知識、そして能力へ

 資源ベース理論は、1990年から2000年代をかけて着実に進化していった。ここでは、その後の理論の展開における特に重要な変化を紹介したい。それは資源から知識、そして能力へという議論の進展である。

 資源が重要であるという前提のうえで、では、いかに資源を手に入れ、どうやってそれを環境変化に合わせて組み替えるのか。より動的に変化を続ける企業の実態を説明するために、何が企業を変化や進化させるのか。その解明が続いている。

 資源ベース理論を紹介する際、多くの教科書では、手に入れるべき資源の評価軸として「 VRIOフレームワーク」を紹介している。これは“Variable(価値があるか)”“Rare(希少性があるか)”“Inimitable (模倣困難か)”“Organization (組織と適合性があるか)”という4つの指針の頭文字である。多少の違いはあるにせよ、こうした特性を持つ資源に一定の競争優位の源泉があることに異論はない。

 もちろん、これまでの議論からも明らかなように、単に資源を手に入れればよいのではない。その企業の異質性(独自性)を向上させる資源を、できるだけその企業に固着するように手に入れる必要がある。それによって競争優位はより高まり、またより長く持続する。

 特に評価される傾向が高い資源は、有形資源より無形資源である。有形資源は市場で交換しやすいため競合にも入手しやすく、また産業構造の変化や技術革新によって価値を失いやすいと考えられるからである。反対に、異質性が高く固着しやすい資源は何かと考えると、市場では容易に手に入らず、その企業が持つ無形の独自性に価値を見出すのは自然であろう。

 その考え方を前進させ、最も根源的で特殊な資源として「知識」を重視する議論がある。その代表は「知識ベース理論」[注21]と呼ばれる。他の資源を再編し、それを組み合わせる知識とそれを編集する仕組みこそ企業の競争優位の源泉であり、ひいては企業の存在価値であると考える。

 また、「能力」が重要であるとする考え方も存在する。これは「ダイナミック・ケイパビリティ」[注22]とも呼ばれ、企業の中に存在するさまざまな資源を再構築する能力こそ企業の競争優位の源泉であり、持続的な競争優位につながると考える。

 知識ベース理論も、ダイナミック・ケイパビリティも、資源ベース理論に対する最大の反論を持ってして成長した。それは、産業構造が不安定であり、技術革新の速い経営環境では、たとえ一時期には価値を持っていた資源も、すぐにその価値を失うのではないかという批判である。すなわち、手に入れるべき資源とは、実務家が通常「資源」と聞いて想像するようなものではない。資源を手に入れるための、知識、プロセス、人材、ネットワーク、能力……それらを総称した「何か」である。そして、その「何か」を探求することが、内部環境理解の最前線なのである。

 依然として、その「何か」の正体については、統一的な見解は導かれていない。しかし、1つ明らかなことは、世界的な競争と急速な技術進化にさらされる現代においては、多くの産業で競争力を持つ「資源」が、単純な生産設備や土地建物[注23]だけではないという事実である。

企業は競争優位をいかに手に入れるか

 では、そのうえで、競争優位を生む資源をどうすれば手に入れることができるのか。これにもいまだ統一的な答えは示されていない。欧米のビジネススクールの代表的な教科書を参照しても、内部環境を理解する重要性は解説されているものの、具体的にどんなアクションが効果的かはほとんど言及がないのが現状である。

 その研究に関する方向性も実にさまざまである。人材ネットワークがつくり出すソーシャル・キャピタルや、経営幹部の事業機会の認識に影響を与える認知心理学的な特性に踏み込んだ議論もある。より先進的なものでは、脳神経科学の知見を用いる研究や、遺伝子科学の知見を応用しようとする議論も存在する[注24]。しかし、そのいずれも決定的な答えには至っていない。

 私が知る限り、内部環境を通じていかに競争優位を得られるかに関して統一的な答えは存在しないが、広く知られる考え方はいくつか存在する。ここでは、それらを簡単に紹介しよう。

 まず、競争力を生み出す知識をどう生み出すかに関して、知識ベース理論で最も体系的な理論化を行ったのは、一橋大学の野中郁次郎名誉教授であろう。1994年に彼が発表した「A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation」[注25]では、「SECIモデル」と呼ばれる知識創造のスパイラルを説明し、世界中の注目を浴びた。この論文は、企業内で知識が形成され、共有され、進化するための理想的なプロセスを理論化したものであり、それは4つのプロセス「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(Combination)」「内面化(Internalization)」からなるとした。

 同じ場所で共通の経験を積み重ねることで知識を共同化する。そこで共同化した知識を対話や表現を通じて表出化する。そして表出化させた知識を他の知識と連結化することで商品やサービスとして具体化する。さらに、具体化された実践を振り返り、そこから得た学びを内面化する。最後に、内面化された知識を共有することで共同化させる。この連鎖によって企業は知識を深耕していく。すなわち、「組織構成員の知識の共有の仕組み」こそが、知識獲得の最適な手段であると論じた。

 このモデルに対しては、企業内部の知識創造を重視し、企業外部からの知識流入が重視されていないという指摘がある。また、暗黙知の共有が難しい、多様性のある国際的な組織では機能させることが難しい可能性もある。そして、組織の知識獲得に関しては数多くの別の研究も進展している[注26]。しかし、知識を具体的にどのように獲得するかに関しては、現在のところSECIモデルほど完成されたフレームワークは存在しないだろう。

 また、ダイナミック・ケイパビリティの議論においては、2つの異なる潮流が存在する[注27]。

 1つは人を重視する流れであり、ディビット・ティースがその代表的研究者である。彼の研究では、ダイナミック・ケイパビリティを認知心理学の観点から理論化し、資源ベース理論の知見を取り入れながら、それを最終的に属人的な能力やセンスに帰属させる[注28]。その考え方に基づけば、ダイナミック・ケイパビリティ獲得の最適な経路は、究極的には「人材」であり、それを獲得して活かす体制の整備となる。

 もう1つは、組織で日々繰り返される行動のパターン、すなわちルーチィンに着目する考え方であり、キャスリン・アイゼンハートがその代表的研究者である[注29]。アイゼンハートは、2001年に「Strategy as Simple Rules(シンプル・ルール戦略)」という論文を発表している[注30]。この論文では、持続的な競争優位を実現するための経営戦略は、組織の方向性を統一する一方で、その柔軟性を担保する「シンプル・ルール」であるべきとする。その考え方に基づけば、ダイナミック・ケイパビリティを獲得するための最適な経路は「柔軟な組織の指針」であり、それによって活性化される人材の柔軟な意思決定と行動である。

 ティースは、企業家精神を持つ個人を議論することで、その個人を活かす組織づくりに目を向ける。アイゼンハートは、柔軟性を担保できる組織制度を検討することから、そこで活かされる個人の自由な意思決定と行動に目を向ける。両者のアプローチの出発点は異なるが、その目指すべき姿には大きな重なりがある。

 それは個人間だけでなく、知識ベース理論とダイナミック・ケイパビリティの2つの潮流の間でも同様である。SECIモデルに示される知識創造のスパイラルは、ダイナミック・ケイパビリティとも解釈しうる。反対に、ダイナミック・ケイパビリティが意図するものは、知識という言葉で表すことができる無形資源と言えるかもしれない。

 依然として資源を活用してどう競争優位を得ていけばいいのかという問いに関しては、統一的な答えが存在しない。しかし確かなことは、この知見を現代に活かすためには、より広い定義で「資源」を捉え、それを絶えず組み替え、刷新し続ける作業が求められるということである。

***

 21世紀を迎え、経営戦略を巡る議論は新たな局面に突入した。 世界市場を舞台とした寡占企業間の競争を分析することや、急速な成長を収めた新興企業の研究から、ポーターの立論に対しても、またバーニーの立論に対しても疑問の声が生まれてきた[注31]。

 第1に、たとえばインターネットの成長で無数に生まれた寡占市場での競争戦略を分析するに当たり、産業構造の分析でもなく、企業内部の資源や知識や能力でもなく、限られた寡占企業間によるゲームや策略に基づく駆け引きが重要である可能性が認知されてきた。寡占市場における競争は、限られた企業による相互の読み合いと、各企業の行動に対するそれぞれの反応が競争の行方を左右する。こうした企業の行動を理解するには、絶えず移り変わる市場や資源の分析から議論を進めるよりも、競合間の直接的な関係を論理的に読み解くことから議論を進めるほうが、より明確な示唆を得られることがある。

 また第2に、短期間で急成長し、そして市場を席巻するまでに至ったいくつかの企業の戦略構築が創発的であること、すなわち事前に立案された計画や長期的な事業計画に必ずしも基づいていないように見えたことも重要である。こうした企業は既存の延長線上からの戦略構築ではなく、あるべき姿の探求から新しい競争のあり方を提示していった。そのため、自社のコア・コンピタンスを知ることや、産業構造の変化をつかむことでは、なかなかこうした特異点的な成長をつかむことはできない。

 この2つの流れを背景として、まず第1の流れから、ゲーム理論やマーケットデザイン、行動経済学やリアル・オプションの考え方が注目を浴びることとなる。次に第2の流れから、仮説指向計画法、デザイン思考、リーンスタートアップ、ストーリーによる戦略構築、オープン・イノベーションといった創発的な経営戦略につながる考え方が数多く登場した。そしてこれらが、既存の考え方をさらに磨き込む系譜とともに、現代の経営戦略の議論の最前線を担っている。

 しかし、その探求はいまだ未成熟であり、確立された理論体系をつくり出すには至っていない。最前線であるがゆえに、ここからの議論は明確に断定できる事実が非常に限られるからだ。ここから先は、進むべき道の定まらない未知の領域であり、それは同時に多様な可能性が残されている。

 さて、今回を最後に、歴史的な発展を遡上する旅を終える。しばらくは、社会科学としての経営学という視点を中心とした議論が続いた。次回からは、実学としての経営学の要素を強めていく。事業戦略の検討から始まり、より実務家の視点へと焦点を移し、具体的な戦略検討のプロセスについて考えていきたい。

【本記事の要点】

• 資源ベース理論は、産業構造と技術の変化が加速した時代に登場した
• 産業構造からの戦略構築が、業績に結びつかない状況が発展を後押しした
• 日本企業の分析から、企業内部の要因を理解することの重要性が理解された
• 資源ベース理論の探求は、1980年代前半にはすでに始まっていた
• 資源ベース理論は、一人の天才ではなく、無数の研究者の協業が生み出した
• プラハラッドとハメルが実務に、そしてバーニーが研究にこれを伝播させた
• 資源ベース理論の捉える「資源」は、次第に知識や能力へと拡張された
• 内部市場の分析からいかに競争優位を得るかは、いまだ探求の途上である

[注21]この理論の経営戦略への応用についてはこちらを参照のこと。Grant R. M. 1996. Toward A Knowledge-Based Theory of the Firm. Strategic Management Journal, 17: 109-122.
[注22]この理論の経営戦略への応用についてはこちらを参照のこと。 Teece D. J, Pisano G, & Shuen A. 1997. Dynamic Capabilities and Strategic Management. Strategic Management Journal, 18(7): 509-533.
[注23]もちろん、たとえば飲食業においては立地が依然として重要である。また、特殊な生産設備を保持すること自体が事業の競争優位につながる製造業なども存在する。
[注24]たとえば、Nicolaou N, Shane S, Cherkas L, Hunkin J, & Spector T. D. 2008. Is the Tendency to Engage in Entrepreneurship Genetic? Management Science, 54(1): 167-179.を参照。
[注25]Nonaka, I. 1994. A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation. Organization Science, 5(1): 14-37.
[注26]概要に関しては次を参照のこと。Gupta A. K, Smith K. G, & Shalley C. E. 2006. The Interplay Between Exploration and Exploitation. Academy of Management, Journal 49(4): 693-706.
[注27]たとえばディビット・ティースは、キャスリン・アイゼンハートらのように、ダイナミック・ケイパビリティが企業のルーティンに還元できるとする考え方に対して、特定の人材が果たす役割を無視すべきではないと主張している。Teece D. J. 2012. Dynamic Capabilities: Routines versus Entrepreneurial Action. Journal of Management Studies, 49(8): 1395-1401.
[注28]たとえば著書では、経営者がダイナミック・ケイパビリティの重要な機能を占めることを解説している。Teece D. J. 2009. Dynamic Capabilities and Strategic Management. Oxford University Press: Oxford. (邦訳は『ダイナミック・ケイパビリティ戦略』谷口和弘・蜂巣旭 ・川西章弘・ステラ S. チェン訳、ダイヤモンド社、2013年)
[注29]代表的論文は以下。Eisenhardt K. M, Martin JA. 2000. Dynamic Capabilities: What Are They? Strategic Management Journal, 21(10-11): 1105-1121.
[注30]Eisenhardt K. M, & Sull DN. 2001. Strategy as Simple Rules. Harvard Business Review, 79(1): 106-116.
[注31]この論争に関しては、慶應義塾大学の岡田正大教授が『DIAMONDハーバード・ビジネス ・レビュー』の2001年5月号に発表した「ポーターVSバーニー論争の構図」という論文、および同誌のオンラインに2013年10月16日に掲載された「ポーターVSバーニー論争のその後を考える(前編)」(http://www.dhbr.net/articles/-/2173)がわかりやすい。

 

【著作紹介】

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