Fit for Growthは日本企業にも親和性が高い

 トップマネジメントが優先的に投資すべき領域を決め、それ以外はコストを削減することを指示する、つまりトップダウンで進めるべきということですか。

 必ずしもそうではありません。

 私たちは以前、大手メーカーの海外事業部門と一緒に海外でのブランド力強化をゴールにした仕事をしました。

 ゴール達成のために必要なケイパビリティと実際に何ができるのかということを、トップマネジメントだけでなくミドルマネジメントや現場の社員も関わり、機能ごとに議論を積み上げて、リソースとコストの配分を決めていきました。組織の全部門が関わって優先事項を明確化し、計画を策定することで、一つの統合された実体(entity)としてゴールに向かって行動できるようになります。

 また、コストの最適化は、日々の事業運営に織り込まれた継続的なプロセスである必要があります。日々の業務のなかで優先事項を定義づけ、熟慮したうえでコスト配分を決めるといった継続的な規律が、社内で慣習化していることが大切なのです。ですから、単純なトップダウンで進められるものではありません。

 そのような規律ある行動様式を社内で慣習化するとなると、まずは企業文化や社員の意識改革が必要になるのではありませんか。

 文化や意識の改革は、企業変革のために必要なことではありますが、一朝一夕にできるものではありません。それをトップダウンで無理に進めようとすれば反発を生み、むしろ変革を困難にする可能性すらあります。ですから、文化を変えるのではなく、文化の価値をよく理解し、戦略と実行を一体化させるための強化手段として用いることを考えてはどうでしょうか。

 これも私たちが一緒に仕事をした企業の事例ですが、北米のある産業機械メーカーでは、他企業の参入によって価格競争に巻き込まれ、過去2年半に渡ってコスト削減を続けていました。しかし、価格の下落ペースにコスト削減が追いつかず、業績はとても厳しい状況でした。

 この会社の従業員の平均勤続年数は20年以上と長く、会社に対するロイヤルティはとても高いのですが、企業文化を変えることへの抵抗が大きかったのです。そこで、それまで行っていたコスト削減プログラムを止め、代わりにFit for Growthのアプローチを取り入れることにしました。

 この会社は製造現場の従業員を含めて、顧客に対して高い貢献意欲を持っていました。私たちはその文化を生かすことにしたのです。単なるコスト削減ではなく、顧客にとっていいことは何か、そしてそれを効率的に実行し、利益を増やすためにはどうすればいいか。それを戦略的な優先事項にしたのです。

 結果的に、この会社は技術分野への投資などによって1年以内で15%以上のコスト削減を達成しました。

 その過程で、オーナーシップを発揮したのは現場の従業員たちでした。顧客にとっていいことは何かも、どうすれば効率的にそれを実行できるかも、自分たちが一番よくわかっているという自負があったからです。ビジョンを示すのはトップマネジメントの仕事であっても、実際に変革を起こすのは現場だということを示す好例と言えるのではないでしょうか。

 従業員の勤続年数が長く、会社へのロイヤルティや顧客への貢献意識が高いという点で、その北米の会社は多くの日本企業と共通点があるように思われます。Fit for Growthは日本企業にも親和性の高いアプローチと言えますか。

 そう言えると思います。実際に私たちはいくつかの日本企業とFit for Growthのプログラムを進めています。

 戦略を実現するためのケイパビリティの重要性について、日本企業はよく理解していますし、コスト最適化のために必要な継続的な規律の慣習化も、カイゼンを得意とする日本企業には難しいことではないかもしれません。

 経済成長率が低迷するなかで、成長のための変革は日本企業にとって共通の課題と言えるでしょうし、削るべきコストを削り、投資すべきケイパビリティにもっと投資すれば、事業を成長軌道に乗せられる可能性が高まります。

 ただ、私は日本企業の人たちと話していると、コスト削減はカイゼン活動として行われ、企業戦略・成長戦略とは切り離されていることが多いのではないかと感じます。自社の戦略に沿う形でコスト構造を見直し、そこから成長を実現するというトランスフォーメーションが必要なのではないでしょうか。

 つまり、戦略を実行するためにどう戦うか、自社独自の強みを生かした価値提供をどう行うか、その議論が不十分ではないかと感じているのです。その議論を深めるなかで、差別化のポイントが明確になってくるはずですし、必要なケイパビリティもきちんと定義できると思います。