「ほぼ日」の社内調査を担った社会学者が、組織らしくない「ほぼ日」の組織の謎に迫る連載の6回目。雑談大好きな「ほぼ日」では会議も雑談の延長。それで会議は成立するのか。実際に会議に出席した著者が感じたこととは(調査は2015年6月から2016年3月までの10ヵ月間にわたって行われた。連載で描かれるエピソードは特に断りがない限り、上記期間中のものである)。

 前回は「ほぼ日」において、雑談がいろいろな役割を持ち、それが社員のコンテンツ制作の修練=「個性磨き」としても活かされている様子を描いてきた。それだけではなく、この組織ではそうした日常的な習慣の延長線上に、まるで雑談のような雰囲気を備える、めずらしい会議が行われている。しかも社外の人が会議に参加すると、その自由闊達な雰囲気に驚き、元気になって帰って行くという。

 細部は伏せざるをえないが、どのような雰囲気で行われているのか、いくつか紹介したい。

欲が企画を連れてくる

「ほぼ日」にはおおよそ週1回開かれる「物欲ミーティング」と呼ばれる会議がある(2017年現在は、いったん休止されている)。これは一般的にいわれる商品開発会議だが、参加者の一人に聞くと「商品開発会議という名前では肩苦しくかしこまってしまうので、ざっくばらんに欲しい・欲しくないといったことを話すために『物欲ミーティング』という名前にした」という。

 メンバーはいずれも普段から商品開発に関わっている社員で、私が参加した日には商品開発の部長を含め参加者は5人。主には、継続して付き合いのある作家との新規企画の可能性を検討したり、各人が最近キャッチした情報の共有などがされた。

 会議中の会話はとにかく目まぐるしい。1時間の間に話題は10程度あっただろうか、それらが飛び石を渡るように次々に変わっていく。独特なのは、その会議中に最も多く飛び交うのが「ほしい!」や「かわいい!」「おもしろい!」、あるいは「いらない」といった率直で直感的な言葉である点で、変更された会議名の通り、いい意味で欲に根差した会議だ。

 たとえば進行中の企画について触れるなかで、「いままで食べた美味しいお米」についての話に花が咲き始めた。X産のお米が美味しかった、と一人が話せば、都内の某店のセレクトされたお米も精米したのを売っていて美味しかったと別の一人も続く。「人生で一番美味しかったのは、Fさんに『今年のは、やばい』と渡されたお餅……」と一人が思い出すようにうっとりした顔でつけ加えると、一気にその場が盛り上がった。「お餅、お餅いいですね!」「お餅いいね」……と次々に称賛の声が集まる。心なしか、みんな前のめりになって、どこかお腹が空いてきたような顔をしている。「『ほぼ日』で売ろうか、お餅」「いいかも」「保存も効いて季節も問わないよね」という声が飛び交いつつ、餅の話は特に何が決まるということもなく急に終わって、次の話題に入る。

「ところで、この前、Sさんという人に会ったんだけど、とても面白い人だったの。つくっているものも良いんだけど、何より人が面白くて」……そうやって新しく出会った服飾会社の代表について一人が語り始め、周りは聞き入っていく。「いいね」「ホームページある?」「見てみたい」と好反応。その場で「物語が素敵だから、コンテンツ(=読みもの)から始めるといいね」と企画について本格的に考え始められると同時に、「着心地は?」「品質を一回確かめたいね。よければいいね」と他の人が検討を促しもする。

 その後も、「いま欲しいものは?」という質問から出発して、糸井氏が昔制作に関わったゲームの思い出話などを間に挟みつつ、また新たにいくつかの話が共有され、1時間を過ぎたころに会議はお開きになった。

 こうした会議が、あまり会議らしくないことは参加者にも自覚されており、「すみません、こんな感じで。それでも樋口さんがいるから、いつもより会議っぽくなってるんですけれど」と終了後に部長から声をかけられた。後日、別の参加者にそのことを話すと、「そうなんですよ、あの日はなんだか会議らしかった。だって担当者の割り振りは、普段はしないです」とのこと。実は会議の冒頭、今後進めていく企画についてパパっと部長が担当者を決めたのだが、それは見学者が居たからのようだ。

 こうした会議が強烈に雑談らしさを感じさせるのは、一因として参加者が時間内に結論を出そうとはしていないからだろう。他方で、「もっと新商品を出したいと思って、あの会議は始めたんです」という部長の言葉を聞くと、ますます、会議の結果を期待しつつも、結論を急がない姿勢が浮かび上がる。

 だからといって、当然ながら本当にただ漫然と雑談をしている訳ではない。この日の会議で新たしくもたらされた議題は、一年以内に自社開発されたり、商品として発売されてもいる。