なぜ会議を雑談にできるのか?
「ほぼ日」において上記の雑談のような会議が可能なのは、当然ながら会社がゆるいからではない。日々の雑談が「個性磨き」の場となり、なおかつ会議でのコミュニケーションの下地として使われているからだ。
互いの長所や特性を雑談のテーマとして繰り返し出現させるのは、個々人の興味から新しい趣味領域を開拓して、将来的に業務へ転化させるためだけでない。社内で日頃から個人の日々の生活や視点、好き嫌いなどの意見を交換し合うことを通じて、生活の中の、とりわけ仕事に関係しうる場面を社内に持ち込み、お互いに刺激し合うことが習慣化されている。
そのうえ、実際に自分を観察することで有益な洞察を得るためには、観察される自分自身がいい目利きや、鋭い観察者であることも要求される。前回述べたように、雑談自体がどこか評価される対象にもなるのはそのためだろう。
その意味で雑談は、生活者としての自分を、会社の中で日常的に思い起こさせるきっかけになっている。その結果として、みずからを顧客や生活者として対象化して観察し、企画会議に組み込むことを容易にしているのだ。雑談自体が修練の一環だという一見矛盾した関係性は、このように理解しうる。
とはいえ、このような組織にとっての雑談の機能はおそらく初めから意図的に設計されたものではない。雑談に関しては経営層でも、また長年勤める社員でも、明確に何のためにやっているかわからないが必要なもの、として語られていた。
何より、そうしたコミュニケーションが結局はすべて直接仕事に結びつく、と最初から意識されていれば、雑談はもはや雑談ではなくなる。それはやはり、ある種の訓練であると同時に、あるいはその時々に応じて、純粋に息抜きでもある。つまり、こうした日々のコミュニケーションの意味は社員にとって複合的で曖昧なまま存在することによって、雑談として機能し続けている。
この組織のフラットさ、規則の少なさや、複雑で時に大変面倒くささも連れてくるコミュニケーション回路の曖昧さ、さらに会議の結論をあえて急がず、一見だらだらと続けるかのようなスタイルは、そうした雑談を育て、かつ雑談として生きつづけさせているのではないだろうか。
「ほぼ日」ではマーケティングはしないと各社の取材で答えているが、実際には商品ごとに、どのような人が買っているかの把握は当然されている。「マーケティングはしない」というのは、企画の際にあらかじめ社会の中にカテゴライズされた特定の層を想定し、そこに向けてなにかをつくろうとはしない、という意味だ。
「ほぼ日」では、自分たちの生活や欲望を観察するという形式で、少なくとも初期の企画を行い、それをマーケティングの代替としている。組織にとっては、組織内部に感度の高い調査対象者やテストマーケティングの対象者を抱えているようなもので、気軽にフィードバックを与えられる環境は明確な強みだろう。
もちろんメリットばかりではない。第一に、環境構築自体に多大な労力がかかっている。実際、「ほぼ日」がつくり上げてきた方法は、日々の積み重ねから生まれたいわば生態系で、異なる組織が方法を真似してすぐに構築できるものではないだろう。上記のような雑談を毎日続けるのも、楽しくも大変であることは容易に想像がつく。
あるいは、みずからを生活者として観察する方法自体は、雑談を経由しなくてもできるだろう。優秀なつくり手は、少なからず同様の観察や考察を織り交ぜて企画している。別の角度から見れば、「ほぼ日」の雑談を含んだ仕組みは、そうした優秀なつくり手の観察を集合的に学び合う体系と言えるかもしれない。
第二に、上記のような組織内部の濃密なやり取りは、組織の慣性を強化する要因になりうる。これは企画に重視されていた「動機」の相互評価に関しても同様で、どちらも組織内部で良しとされる傾向が硬直したり、内部の同質性を高める契機にもなる。
その分、個々人が外部の環境変化を感じとり、組織内部に持ち込まなければ、変化への対応が遅れる結果を生みかねない。実際、「ほぼ日」には初期のパソコンからスマートフォンへの移行期の対応にやや出遅れた経験もある。糸井氏は各社からの取材に対して、上場の理由として「人材獲得のための資金」を挙げているが、それは有能な人材を獲得するという一般的な観点からだけでなく、こうした「ほぼ日」特有の理由から、組織内部の慣性を弱めて流動性を保持し続けるためにも、継続的な人材流入は必要と考えられる。
「ほぼ日」での会議は、協働企画などで他社と共同で行うと、社外の参加者がその違いに驚き、そして元気になって帰っていくという。企画というのは自由気ままで何気ない会話から生まれるもので、かしこまって企画書を持ち合うような会議では生まれるのではないと、ある種常識のように言われたりもするが、「ほぼ日」ではそもそも、雑談と会議の境すら、事前に参加者の時間をおさえる以上の違いはないのかもしれない。
次回更新は、7月11日(火)を予定。