「AI農業」は、熟練農家の「判断」を継承する仕組み

――「農業情報創成・流通促進戦略」では、熟練農家の「暗黙知」を見える化する「AI(Agri-Informatics)農業」を活用したビジネスモデルの構築を目標に掲げています。「AI農業」とは、どのようなものですか。

 宮崎県産のマンゴーに「太陽のタマゴ」というブランドがあります。「太陽のタマゴ」に認定されるのは、全生産量の9%弱ですが、熟練農家の場合は生産量の30%が認定されるそうで、非熟練農家との収入格差は約10倍に及びます。生産にかかるコストは両者でそれほど変わらないにもかかわらず、そこまで違いが出るということは、それだけ“伸びしろ”があるということでもあります。

 約10年前、農林水産省は、「熟練農家が持つ優れたノウハウをマニュアル化できれば、日本の農業にとって大きなアドバンテージになる」と考え、「現場創造型技術(匠の技)活用・普及支援事業」などの事業展開を行い、熟練農家のノウハウを継承・普及する仕組みをつくろうとしてきました。しかし、いくら熟練農家にヒアリングしたところで、でき上がったものは「事例集」に過ぎず、ノウハウは継承できませんでした。

 農業に関わるさまざまな行為は、「作業」と「判断」に分けられます。たとえば、圃場に水をまくのは「作業」です。水をまく「作業」は誰でもできますが、そのためには、天候や土壌、作物の育成状況などを把握し、いつ、どこで、どれだけ水をまくか「判断」する必要があります。この状況に応じた「判断」こそが、熟練農家の知見であり、「AI農業」によって判断力を磨いていけば、ある程度、継承することができるのではないか、というのが私たちの仮説です。

――農作業の自動化やノウハウのマニュアル化を目指すものでは決してないということですか。

 将来的に農作業の判断に必要なビッグデータが100万件程度集まれば、「判断エンジンくん」なるものがつくれるかもしれません。ただ、それには膨大な時間がかかります。大事なのは、経験の浅い農家本人が判断できるようにしてあげることです。「世のなかで一番学習能力が高い存在は人間である」というのが私の持論です。AI(人工知能)ではなく、人間がディープラーニング(深層学習)を行うことで、判断技術を習得していくのです。