安倍政権“肝煎り”の政策として議論されてきた「働き方改革」は、今年3月に9分野で改革の方向性が明示され、関連法案の検討段階に移った。9分野のうちいくつかについては、先端テクノロジーの活用による支援が不可欠と思われるものも散見される。IoT、AI、ビッグデータなどによって、私たちの働き方はどう変わるのか。同時に、労働生産性向上の課題をどう解決していくべきか、東京大学大学院の柳川範之教授に伺った。

消費者ではなく上司を見ているから生産性が低い

――今年3月に公表された働き方改革の実行計画は、長時間労働の是正や非正規の処遇改善といった足元の課題に主眼が置かれ、日本経済の成長底上げや企業の生産性向上には力不足との声もありました。どのようにご覧になりましたか。

柳川 範之(やながわのりゆき)
東京大学大学院経済学研究科 教授
1988年、慶應義塾大学経済学部卒業。1993年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士号取得。同年、慶應義塾大学経済学部専任講師。1996年、東京大学大学院経済学研究科助教授、2007年、同准教授、2010年、同教授。

 仕事や働き方は多くの人にとって身近な問題であるがゆえに、ドラスチックな改革を一気に進めることが難しいテーマでもあります。早め早めの対応とともに、中長期の視点から改革を進めていく必要があるでしょう。

 いま、私たちの身のまわりでは、IoTやAIといった革新的技術の進展という大きな構造変化が起きています。IT(情報技術)の進歩を踏まえ、私たちの働き方はどのように変わっていくのか。あるいは、人々がよりよく働くにはITをどう活用するのか、そうした観点から改革を進めていくことが、ひいては生産性向上や個人の幸福感の増大につながると考えています。

――日本企業の労働生産性は欧米企業に比べて6割程度といわれます。本当にそうなのですか。何故、低いのでしょうか。

 そもそも労働生産性をどうやって測るのかは難しい問題です。とくにサービス業については、アウトプットが明確ではないので測りにくいとされます。現在、出回っている国際比較のデータが厳密に正確なものかどうかは検討の余地がありそうですが、大枠では当たっていると思われます。

 では何故、日本企業の労働生産性が低いのか。みんな一生懸命に働いていて、怠けているわけでは決してない。にもかかわらず、成果に結びついていないことが本質的な問題であり、課題であると考えます。成果に結びつかない大きな原因は、働く人たちが、会社の外にいる消費者のほうを向いていないで、会社のなか、上司の顔色を見ていることです。いかに上司に評価されるか、上司からバツがつかないよう競争しているから、みんなで不要な書類作成に没頭し、生産性向上に向かわないのです。

――社内ではなく、社外の消費者に目を転じることが生産性向上のカギとなりますか。

 それ以前に、社内のランキング競争がいかに無駄なことかに気づくことです。その次に、マネジメント層が人材の評価軸を変えていくことです。上司の顔色を窺うのではなく、消費者に目を向け、売上げ、利益を上げた人が評価される仕組みに変えていきます。より本質的な解決策としては、人材の流動性を高めることが挙げられます。もし仮に、会社の外に出て、そこで評価してもらい、活躍するチャンスが増えれば、能力がある人は社内のランキング競争に走ることなく、外に向かうでしょう。