●自分のスキル開発に投資する
私が会社から得る給料は、音楽プロデューサーとしてのキャリアを支援してきた。プロデューサーとして実績のない私に、お金を払って音楽制作をやらせようという人はいなかったし、そもそも私がプロデューサーになった動機はお金ではない。ジャズとクラシック音楽への情熱である。
そこで私は、この新たな業界での経験を得るまで、無償で活動した。昼間の仕事はアルバムをつくる資本金をもたらしたうえ、プロデューサーとして成功するのに必要な各種スキルを身に付けさせてくれた。優れたプロデューサーは、ビジョンを持ち、人を集め、スケジュールを定め、資金を集め、製品という形にする人物である。
そうして10枚ほどのアルバムを制作し、グラミー賞も獲得すると、レコード・レーベルやミュージシャンたちから私をプロデューサーに雇いたいという依頼が入るようになった。だが、私はいまでも、お金は受け取らないことにしている。なぜなら、音楽を、永遠に残るものをつくることが、十分な報酬だからだ。
同時に、私はよく本業のクライアントをレコーディングのセッションに招待する。1日中オフィスで働いている人にとって、「舞台裏」でシンガーやミュージシャンなどクリエイティブな職業人と交流するのはエキサイティングなことである。あるアルバム制作でキューバにいたとき、私のクライアントの1人はミュージシャンたちが踊っている姿を見て、「職場でこれほど楽しんでいる人たちなんて初めてだ」と言っていた。クライアントが忘れられない体験をすれば私の本業の売り上げにもつながるため、会社でのキャリアと音楽業界でのキャリアの両方にとって有益ということになる。
●畑違いの友人をつくる
ウォール街で働いていたころ、初めのうち、仕事上の付き合いは同じ金融サービス業界の人たちだけだった。バンカー、トレーダー、アナリスト、エコノミストたちである。こういう人たちは1つの集団として、市場の動向についていわゆる「コンセンサス」を確立する。そして私が資産を管理していたクライアントの多くは、違った何かを求めていた。「別の角度から見ると、どうなる?」。換言すれば、彼らは「集団思考」など聞きたくないのだ。
私はこれを指令と受け止め、名刺入れをひっくり返して、異なる視点をクライアントに提供できる人物を探すことにした。
たとえばあるクライアントは、中国で国民同士がどんな話をしているのかを知りたがった。私は本の著者でもあるため、ライターの知り合いがいる。そこで中国の話題を伝える雑誌の記者である友人に連絡を取った。銀行員のようにコンプライアンス部門の制約を受けない彼は、クライアントに率直な話をしてくれ、非常に感謝された。
クライアントは新しい観点を得た。私は仕事の依頼を得た。そして、友人は新しい定期購読者をつかんだ。畑違いの複数のサークルに所属していれば、通常なら絶対に出会わない人たち同士を選りすぐって紹介し、両者のために新たな価値を引き出すことができる。
●本当のイノベーションに気づく
違った仕事をしていると、さまざまなアイデアが相互に影響し合う場面に気づける。さらには、どの場面で複数のアイデアを連動させるべきかがわかる。「テクノロジーがリベラルアーツ、それに人文科学と結びついたときにこそ、心がときめく成果が得られる」と言ったのは、学際的な思考の権化だったスティーブ・ジョブズである。
ハリケーン・カトリーナの被害を受けて、多くのミュージシャンがニューオーリンズを離れた。同市のミュージシャンたちを援助する資金を集めるために、よくあるタイプの寄付を求めるNGOをつくることもできた。しかし、私はもう少し持続性の高いソリューションを考えた。それはミュージシャンの仲介団体である。私はこれを「ウォール・ストリートとバーボン・ストリートの融合」と表現した。
ニューヨークでのパーティーのためにミュージシャンを手配したい人は、この団体のウェブサイトでバンドを探す。予約すると、料金に加えてニューオーリンズを本拠とする慈善団体への「チップ」を依頼される。申し込んだ人(場合によっては私の本業のクライアント)は、パーティーのための生演奏バンドを簡単に見つけることができ、ニューヨークに住むミュージシャンは演奏の仕事を受けることができ、ニューオーリンズの慈善団体は小口の寄付を手にできる。
私は銀行で働いた経験があったため、通常と違うタイプの組織をつくることができた。なお、この団体は後に、さらに大きな慈善団体と合併することになった。
自分の好奇心に従えば、情熱の対象を新しいキャリアにすることができ、大きな満足感を得られるはずだ。そして複数の仕事をこなしていけば、最終的にはすべて仕事のパフォーマンスがよくなるだろう。
HBR.ORG原文 Why You Should Have (at Least) Two Careers, April 25, 2017
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カビール・セガール (Kabir Sehgal)
ニューヨーク・タイムズ紙およびウォール・ストリート・ジャーナル紙のベストセラー作家。著書に『貨幣の「新」世界史』など7タイトルある。現在、フォーチュン500企業で働き、以前にはJ.P.モルガンの副社長を務めた。 米海軍で兵役を経て現在は予備役大尉。グラミー賞、ラテン・グラミー賞受賞の音楽プロデューサーでもある。ツィッター、フェイスブックでも発信中。