探索のフェーズにおける
新興企業の取り組み

 探索のフェーズが目指す重要なマイルストーンは、「プロダクト・マーケット・フィット」(PMF: Product Market Fit)の確立である[注7]

 PMFは、顧客を満足させうる製品やサービスと、一定規模以上への成長を可能とする製品やサービスに最適な市場の組み合わせによって成り立つ。ここで重要なのは、よい製品やよい市場だけではPMFを確立できず、あくまで製品と市場の組み合わせであるという点である。すなわち、製品を軸にして市場を探すプロダクト・アウト(Product Out)でもなく、市場を軸にして製品を考えるマーケット・アウト(Market Out)でもなく、プロダクトとマーケットの両者の間の整合性、すなわちフィットを目指すことが肝要である。

 どれほど優れた製品やサービスを考案しても、市場が存在しなければ価値を持たない。同様に、どんなに可能性がある市場を見出しても、その市場に最適な製品やサービスを提供できなければ意味がない。ある製品やサービスの価値を見出すのは市場であり、ある市場の潜在性を発掘し、その成長を加速させるのは製品やサービスである。したがって、プロダクトとマーケットの相互作用により両者が両者を補完し合う構造を発見する必要がある。

 この構造を発見するためにはまず、PMFの確立の前段階として、より根源的な「プロブレム・ソリューション・フィット」(PSF: Problem Solution Fit)を見出すのが定石とされている。

 ソリューション(解決策)はプロブレム(課題)にひも付いているのが基本であり、それは無数に存在しうる。そのため、プロブレム・ソリューション・フィットを発見するには、まずプロブレム(課題)から入るのが有効である。さらに、プロブレムとソリューションはそれぞれ顕在と潜在、既存の組換と新規の創出の2つに大別できる。この組み合わせから、PSFを見出すための4つの基本的な方向性が説明できる(図2参照)。

図2:PSFを発見するための基本的な取り組みの型

写真を拡大出典:筆者作成

 まず、「既存手法の改善、特化による差別化」である。たとえば、無印良品、ビームス、スノーピークといったセレクトショップや専門ブランドは、特定の趣向やデザイン・コンセプトに焦点を当てることにより、比較的特化した領域から支持層と事業を広げていった。スマホゲームのように開発に用いられる技術や手法が枯れているなかで、その組み換えや改善を通して他社との差別化を図る道もある。これは特に、市場構造が比較的安定的な事業環境で用いられる。

 次に、「他の市場への既存手法の応用」である。アグリテックやフィンテック、そしてHRテックといった言葉があるが、これらは当初インターネットサービスによって開発された手法や技術を応用し、そうした技術が浸透していない事業領域の潜在課題を発掘し、解決しようとしている。これも比較的、産業構造が安定的な事業環境に新規参入する際に有効な方向性である。

「新技術・手法による顧客・市場の深耕」は、すでに顕在化しているニーズに新たな技術や手法で挑戦する。たとえばゴアテックスは、防水浸透性素材という防水性と浸透性を両立させる新素材を活かして、アウトドアの愛好家から圧倒的な支持を集めた。急速に成長するフリマアプリも、既存のオークションサービスなどが要した、出品と落札に要する手間暇を大幅に軽減することで支持されている。

 もちろん、「新技術・手法による新市場の創出」も不可能ではない。インターネットや仮想通貨など、まったく新しい概念で新市場をつくり上げることも、限られた一部のプレイヤーには可能であろう。しかし、これを自社単独で成し遂げることは難しく、多種多様な利害関係者との協力のうでのみ成し遂げられる方向性である。

PSFとPMFのギャップの正体

 では、PSFとPMFの間に存在するギャップとは何か。起業家ごとに持論があると思われるが、その共通点を一言でまとめれば「数字が合うか」である。

「数字が合うか」とはまず、PSFの検証からつくり出された製品やサービスが一定以上の成長が見込めるか、を示す。いかに優れた製品やサービスであっても、極めて限られた数の顧客しか存在しないのであれば、事業として成立し得ない。同様に、少なくとも事業がある一定規模に達したとき、製品やサービスを提供することで得られる収入が、それらをつくるために必要なコストを上回ると予測できるかも重要である。これは現代的には、「ユニット・エコノミクス(Unit Economics)」とも言われる。経済学や管理会計分野において古くからある言葉を使えば、限界費用や限界収益に近い。

 この2つの前提のうえで、特段の努力をしなくとも販売量や契約数が継続的かつ自然に増加していく状態に至れば(もしくはその兆候が見えれば)、探索のステージは速やかに(少なくとも一旦は)終わるべきである。

 この発想と検証のプロセスの効率化を目指す手法は数多く存在する。ただし、これに至る道は極めて難しく、予測がつかない。

 たとえば、IDEOが提唱する「デザイン・シンキング」[注8]のアプローチは、この過程を「Inspiration(着想)」「Ideation (概念化)」「Implementation (実現化)」の3つのプロセスに分解し、それぞれで製品やサービスのプロトタイプの作成とユーザーテストを繰り返すことで、事業化のヒット率をできる限り高めようとしている。また、アッシュ・マウリャが2012年に出版した『Running Lean』[注9]のように、リーン・スタートアップの手法をより実践的に解決し、PMFに至るための手法を解説する書籍も多数ある。

 しかし、新興企業の経営者がどのようにPSFを満たし、最終的にPSFを説明できる経営戦略を見出したかをヒアリングすると、デザイン・シンキングのように体系化されたアプローチを採用した起業家は、少なくとも日本にはほとんどおらず[注10]、現状では、探索の過程は起業家の“職人芸”に依存している。日本の新興企業の起業家は、エンジェル投資家や先輩経営者などからの助言、自身の過去の事業経験から得た知見を元に、属人的にこの作業に取り組んでいるのが現実である。

実行のフェーズにおける
新興企業の取り組み

 PSFを「説明」できる状況に達したら、次は実行のフェーズに移る。これを別の言葉で説明すれば、「資源投入ステージ(Resources Mobilization Stage)」とも言える段階である。

 ここで重要なのは、「説明」で十分であり「証明」しようとしてはならないという点である。特に新興企業が置かれる事業環境は、刻一刻と変化して流動的である。無数の新興勢力が立ち上がっては消えていく状況下では、どれだけ可能性のある経営戦略であろうと、その正しさを証明することは不可能に近い。

 経験値の浅い起業家によくある間違いは、資金調達のために事業計画書やビジネスプランの書類を大量に書き溜め、データでできる限り自分の事業の正しさ、すなわちPMFを証明しようとする行為が挙げられる。これは新興企業の大半が置かれる事業環境では意義の薄い行為であり、私の知る限り、そうした資料を高く評価するシード投資家は一人もいない。

 もちろん、実行のフェーズに移行して以降は、「説明」が「証明」に少しずつ近づいていく。この段階は資源投入の段階であり、経営資源を投じて顧客をかき集め、製品やサービスを段階的に改善していくフェーズである。創発的な段階から組織的な段階への遷移であり、より科学的な定量的なアプローチが有効となる段階への移行である(本連載の第9回で紹介した重要業績評価指標(KPI)は、特にこのフェーズで活用しやすい)。

 数値を元に事業モデルの状況を構造的に把握し、それぞれを同時並行的に改善するアプローチは、スタートアップの間では「グロースハック」という言葉で最もよく知られている。これは製品やサービス自体だけでなく、その集客手段や運営手段までを含む全社のコスト構造と収益構造を対象に、特に実証データに基づく仮説検証を繰り返す手法である。

 この言葉は、米国の実業家であり、現在はGrowthHackers.comのCEOを務めるシェーン・エリスによる、2010年の記事[注11]が初出だと言われる。彼は、リモート・アクセス・サービスであるログミーイン(LogMeln)やオンラインストレージのドロップボックスの成長に貢献した経験から、定量的な仮説検証を繰り返すアプローチにより、PMFが確立された事業であれば、高い確立で事業成長を成し遂げることができると主張した。

 グロースハックの象徴ともいえる分析手法はA/Bテストである。これは製品やサービス、あるいは広告やキャンペーンの実装の選択肢のうち、どれが最も効果が高いかを本格的な実装の前に検証する手法である。現在では、オプティマイズリー(Optimizely)[注12]やKAIZEN Platform[注13]のようなサービスを用いて、こうした定量的な検証が機動的に実行できる。

 無論、グロースハックと総称される取り組みでは、A/Bテスト以外にも多数の方法論が用いられる。たとえば、Conversion Rate Expertsがまとめたグロースハックのための27の手法と、それに関連するウェブサービスの一覧[注14]は参考になる。同社は、顧客に1対1で直接自社のスタッフと対話するよう動機づけ、SNSへの投稿などの公開情報を収集し、また類似の事業を行う非インターネット企業の取り組みまで調査すれば、より幅広い範囲のサービス改善ができると説明する。

 日本でも特にテレビCMなどのマスメディア広告を中心に、どのようなクリエイティブに効果があるのか、どの時間帯が最も効果が高いかなど、数値を軸に広告や販促の効果を定量的に計測検証するノウハウが浸透してきた。ユーザーインタビューやサーベイなどの伝統的な調査手法を日々の業務ルーチンに取り入れ、その学びを迅速に製品やサービスに取り入れることも常識となりつつある。フェイスブック、そしてエアビーアンドビーやウーバーのように、こうした取り組みを「グロースチーム」などと呼ばれる専業部隊で実行する企業も無数にある。

 これらの意味するところは、新興企業の具体的な経営戦略は、その実行の過程の中で決定されていくという単純な事実である。

 もちろん、A/Bテストなど定量的な改善を基本とするグロースハックは、それぞれの機能、UI/UX(ユーザーインタフェース・ユーザーエクスペリエンス)、システム構成の改善である。しかし、こうした日々の取り組みの積み重ねが、次第にサービス全体の再編成や人員・組織体制の変革、さらには提供価値の再定義につながることもあり得る。新興企業はこうした検証と改善を行いやすい事業領域に存在しているため、実行の中から戦略を動的に転換するアプローチと親和性が高い。

 一方、繰り返しになるが、20年から30年の事業期間が必要となり、一旦投資を決定すると設計の見直しが極めて難しいインフラ事業、基礎設計から製品販売までに5年以上の期間を要して高い安全性が求められる乗用車、さらに開発期間も長くリスクも高い航空機事業などでは、こうしたアプローチは取りにくい。

 また、既存事業の規模が大きくなればなるほど、製品やサービスの根源的な設計を見直すコストは加速度的に高くなる。だからこそ、新興企業が長期的な競争優位を築くためには、初期段階において、実行を通じて絶えず自社の戦略を変化させ続けることが極めて重要なのである。

[注7] プロダクト・マーケット・フィットという言葉は、著名実業家であり投資家であるマーク・アンドリーセンが、2007年6月25日のブログ記事で最初に用いたとされる。すでにこのブログ記事は存在しないが、web.archive.orgのアーカイブで当時の記事を閲覧することが可能である。以下を参照されたい。http://web.archive.org/web/20070701074943/http://blog.pmarca.com/2007/06/the-pmarca-gu-2.html
[注8]ティム・ブラウン. 2008. “IDEO:デザイン・シンキング”, DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, December 2008, pp. 62-63.
[注9]Maurya, A. 2012. Running Lean: Iterate from Plan A to a Plan That Works. O'Reilly.(邦訳は『Running Lean』角征典訳、オライリー・ジャパン、2012年)
[注10]筆者は、過去3年間で100名以上の日本の起業家にヒアリングを重ねているが、新興企業の成功した経営者に限定した場合、そうしたアプローチが言及されたことはなかった。
[注12]以下を参照されたい。https://www.optimizely.com/
[注13]以下を参照されたい。https://kaizenplatform.com/ja/aboutus.html