世界的な価値連鎖の時代の国際経営戦略
2020年を目前に控えた現在、企業経営は以前にも増してグローバル化を迎えている。もはや国際経営は、一部の巨大企業のみに許された特別な行為ではなく、創業間もないスタートアップ企業であっても視野に入れるべき活動である。
事実、「ボーングローバル企業」と呼ばれるように、創業初期から多国籍に展開し、海外調達のみならず海外販売を開始して、事業を国際的に成長させる企業[注31]は、1990年代中頃から観測され始め、現在では多様な産業領域に存在する[注32]。人とモノの移動手段が進化したこと、国境を越えて異なる言語、異なる文化を持つ人々が協調しながらの付加価値生産が一般的になったことで、現代の企業間連携は国境を幾度となくまたいで生産活動を行う時代となった。
図9は、「世界的価値連鎖(Global Value Chain)」とも呼ばれる、世界的な付加価値生産の連鎖構造をシンプルに図示したものである[注33]。
図9:シリコンからパソコンができるまでの価値連鎖

1970年代であれば、たとえば日本のコンピュータ製造会社は、シリコンを海外から輸入した後、インゴット精製からウェハーの作成など、メモリやマイコンなどの半導体製造の全工程を国内で完結させていた。しかし現代は、これを世界各地の企業が分業して担う時代へと変化している[注34]。
こうした世界的な価値連鎖の構造で製品を生産し、サービスを提供する動きは、半導体だけではない。ボーイング社の787のような巨大な航空機であっても、主要部品・部材を日本、韓国、カナダ、オーストラリア、英国、イタリア、フランス、スウェーデンなど世界各国から調達している。またコンサルティング会社、弁護士や会計士事務所などのプロフェッショナルファームも、単純な調査工程や資料作成作業をインドや東欧などの海外拠点で行い、世界的に業務を分散させている。
この流れは、イブ・ドーズ、ホセ・サントス、ポーター・ウィリアムソンの2001年の著作[注35]で「メタナショナル(Metanational)」と名付けられた方向性である。また、サミュエル・パルミサーノが2006年の論文[注36]で「グローバル統合企業」と名付けた多国籍企業の現実を反映している。
ここまで議論したように、世界には市場の異質性が依然として存在している。これは困難であると同時に可能性でもある。ある市場はある活動に向いており、別のある市場はまた別の活動に向いている。これらを自社の活動にふさわしい形で組み上げ、それを絶えず刷新していくことが、世界展開の可能性を最大化する道となる。
すなわち、世界中で最もふさわしい場所にそれぞれの機能を分散させ、「適正な場所で、適正な時期に、適正な価格で」自社の商品やサービスを提供できる体制を動的に運営することが、次の世代においても競争力を担保するために求められる[注37]。そして、その実現が困難であるからこそ、それをいち早く実装する組織が、それぞれの市場でも、また世界競争においても、競合に対して優位に立てるのである。
【本記事の要点】
・現代は第二次グローバル経済の最中にある
・4つの経営環境の変化が、グローバル化の流れを加速させた
・グローバル化が進む一方、世界の市場の異質性は依然として高い
・現代の国際経営環境は、セミ・グローバリゼーションの状況にある
・経営戦略と国際経営戦略の違いは、複数の国や地域を取り使うことにある
・統合と適合の最適なバランスを見出すのが、国際経営戦略の根源的な問い
・国際経営戦略は、外部環境の理解から戦略の方向性を見出す手法が主流
・外部環境の分析手法は、国際経営環境でも活用できる
・事業環境の特性にあわせて、国際経営戦略の基本的な方向性を見出せる
・現地市場では、外国企業は異質性と外部者性の負債に晒される
・ダニングのOLI理論が海外進出に影響を与える要因の理解に活用できる
・ADDING価値スコアカードは、網羅的な事業価値の分析に資する
・新興国市場における競争では、制度の理解と非市場戦略が欠かせない
・世界的な価値連鎖の時代では、国境を越えた組織と戦略が不可欠となる
【著作紹介】
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