ステップ(5) 時間に敏感な組織風土の醸成
5つ目、最後のステップは、これまで議論してきた俊敏で時間に敏感な経営サイクルを組織風土として定着させることである。これは5つ目のステップということもできるが、ステップ(1)に行くためのゼロ番目のステップとも言えるだろう。
変化の兆しを感知しようと思うと、そのための資源・能力が必要となる(ステップ(1))。その資源・能力の投入を可能にするのは、未来に対する危機意識である。もし、現在も将来もずっと安泰だと思っていたら、変わる必要性も感じないし、結果、変わることもない。
アンドリュー・S・グローブの著した『パラノイアだけが生き残る』(日経BP社)序章の一行目は、「パラノイア(病的なまでの心配症)だけが生き残る」である。彼は、遅かれ早かれ業界の基礎的要因は変わってしまうと断言する。そして、それに対応できるのはパラノイアだけだと主張しているのである。
同じ正しいことを行うにしても、タイミングがずれると意味がなくなることも多い。あるいはタイミングがズレると、そのやるべきことすらできなくなるかもしれない。それを逃さないためには、時間に敏感になり、早く、そして速く動き、備えるしかない。
それを支えるのは組織の健全な危機感である。それが浸透してはじめて、顧客や環境の変化のスピード(外の時間)に、組織のスピード(体内時計)を合わせることができ、意思決定の在庫の山積みも防ぐことができる。
時間優位の構築を目指す
かつて、ビル・ゲイツは、マイクロソフトの立ち上げを卒業まで待てなかった。グラハム・ベルは、イライシャ・グレイより2時間前に電話の特許を出すことでAT&Tの創始者となった。
あるいは歴史に目を転じると、豊臣秀吉は、本能寺の変の報から約10日間で毛利氏との和睦を結び大阪に戻る「中国大返し」を実行し、天下を手に入れた。太平洋戦争では、開戦の通告が少し遅れてしまったことで、奇襲の汚名を受けることになってしまった。
「時間」のわずかな差が、企業や国の命運を左右することがある。
また、ノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリコジンの「散逸構造の理論」は、外部とエネルギーのやり取りがある状態(開放系)において動態的な平衡状態が生じることを明らかにした。変化がないからそれ自体で安定しているのではなく(たとえば動かない石のように)、ものごとが動いているからこそ生まれる秩序があることを示したのである。
企業活動もしかりである。外部とのやり取りを通じて企業という秩序を維持している。動態的な秩序にこそ重要な意味がある。そうだとすると、企業の本質は「変化」がもたらす秩序である。そして、変化の本質が時間なのである。
単なる効率化、スピードアップではなく、昨今のような環境変化の速い世界においては「変わる速さ」がより重要となる。組織の時間に対する感度を高め、SSTとPDCAを連動し、迅速に自己革新を実現するために、いまこそ「時間優位の競争戦略」を構築すべきではなかろうか。
■連載バックナンバー(全3回)
【第1回】「時間」が企業の勝負を支配する時代
【第2回】企業の変化は「4つの切り口」で捉えられる