実証分析の結果、ビジネススキルと技術的スキルを兼ね備えた企業は、一方しか持たない企業よりも、市場に新しいイノベーションをもたらす可能性が大幅に高いことが示された。
ところが、両方のスキルを有する企業すべてが、それによって利益を得ているわけではなかった。企業が両スキルを持つことで大きな利益を得られるのは、「創業者が技術的スキル、社員がビジネススキルを備えている」場合だ。これに対し、「創業チーム内でビジネススキルと技術的スキルのバランスがよい」場合や、「創業者がビジネススキル、社員が技術的スキルを持っている」場合には、補完効果を示す証拠は確認されなかった。
創業チームのメンバーが、技術的スキルとビジネススキルを併せ持っていても効果が示されなかったのはなぜだろうか。チーム内での視点の多様性は、メリットと弊害の両方をもたらすことが証明されている。我々の推測では、創業チームは戦略面で合意しなければならないため、スキルの多様性による弊害は、創業者と社員の間のそれに比べて大きくなるのだろう。
創業者が技術的スキルを持つことがなぜ重要かを示す、1つのシンプルな理論がある。一般的に「技術的スキルを備えた創業者のビジネススキル」は、「ビジネススキルを持った創業者の技術的スキル」よりも優れているからだ。
「起業家は何でも屋であれ」とする説によれば、起業家が最も苦手とするスキルが、新規ベンチャー企業の成功の足かせとなる。つまり、人材の採用は、起業家自身も十分に理解できる職務に関してでなければ、うまくいかないということだ。
技術的スキルを有する創業者はおそらく、ビジネスのプロセスについても基本を理解していると思われる。だが、ビジネススキルを持った創業者が、技術面の基本知識を備えている可能性はもっと低いだろう。
ここでスティーブ・ジョブズの言葉に戻ろう。我々の研究から、創業者による従業員の人選は、新規ベンチャー企業の成功のカギを握ることがわかった。起業家にとってこの研究結果が、イノベーションの成功に不可欠であるAクラス人材を見つけるヒントになれば幸いだ。
イノベーションを目指すなら、「技術に強い創業者」が「ビジネスに秀でた社員」を採用し、企業の知識ベースを増強することが望ましい。
これがきわめて重要な助言なのには理由がある。我々のデータによると、技術的スキルを持った創業者の多くが、ビジネスの専門家を採用していないことが判明したからだ。これではイノベーションを成功させるチャンスが減ってしまうだろう。
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マーティン・マーマン(Martin Murmann)
ドイツ・マンハイムの欧州経済研究センター(ZEW)、ニュルンベルグのドイツ労働市場・職業研究所(IAB)、チューリッヒ大学の研究員。主な研究分野は新興企業の人的資本とイノベーション。