AI活用には「先読み」「引き寄せ」「構え」が不可欠

 ご著書『AI現場力』の中で、顧客価値を捉えてイノベーションを起こす大原則として、「先読み」「引き寄せ」「構え」の3つを挙げています。それぞれ何をもたらすのか、長島さんのお考えをお聞かせください。

「先読み」とは、こんな世界をつくったら面白いのではないかという、企業の未来構想です。新しい商品を世に出す場合、製造業ではリードタイムが必要です。たとえば自動車の場合、3年、5年と要します。ということは、製造を始める時点ですでに、完成したときの環境を見据えて仕事をしなければならないわけです。そのときには社会やお客様のニーズがどうなっているのか、その上でどのような価値を提供したいのかを考えることが先読みです。「先読み」がなければ、プロダクトアウトの開発に終始してしまい、顧客起点の価値創造は絶対に実現しません。

 その重要性は理解できますが、長期的にどのような価値を提供すべきかを極めることは、とても困難ではありませんか?

 おっしゃる通りです。ただ、それをうまくやるためのポイントはあると思います。企業が過去に届けてきた価値は、一見バラバラに見えて、そこには共通しているものがあります。私はそれを、顧客起点で「かたまり感のある価値」として何を届けたいかがを見極めることだと言っています。それを見つけて、どの方向に発展させていくかという議論をまず行うことです。

「かたまり感のある価値」とは、お客様の中で「あの会社はこういう会社だ」というイメージに基づきます。個々の製品に対する評価ではなく、少し抽象度の高いイメージです。たとえば、電機会社に対する「彩りのある食卓をつくってくれる会社」、自動車会社に対する「便利で安心な移動を提供してくれる会社」というようなイメージです。

 たとえば、ベアリングメーカーのNTNはその例と言えます。「なん(N)て(T)なめらか(N)」をキャッチフレーズにしたCMをやっていますが、「世界をなめらかにする仕事」をコミュニケーションワードに、「当社は世の中をなめらかにするために貢献している会社です」と打ち出しています。BMWの「駆け抜ける喜び」もそうですね。同社の研修では、たとえば「BMWらしい洗濯機とはどんなものか」という質問が問われ、それに答えられないと昇進できないとも言われます。

 このように、「かたまり感のある価値」は企業理念よりも具体化されているため、製品やサービスに落とし込むこともできます。これはもちろん、製造業だけに必要なわけではありません。お客様に自社をどう捉えてもらいたいかを考え、「かたまり感のある価値」を見つけられれば、それは従業員が判断を下す際の拠り所になります。何をするうえでもそれが判断基準となるので、空中戦的な議論を避けることにつながります。

 2つ目の「引き寄せ」は仲間や賛同者を募ることだとされていますが、「先読み」とどのようにつながるのでしょうか?

 先を読んで未来構想をしても、それに否定的な人が多ければ実りません。「引き寄せ」はそれに対する賛同者を、お客様や取引先、社内、そして政府の中に増やすことで、世の中のトレンドとして定着させるための活動です。

 そのなかで、社内の人たちを引き寄せることが最も難しいケースも、意外と多くあります。AIの専門家を新しく採用しても、社内の人と感覚が合わない場合もあるでしょう。実際、インダストリー4.0を研究している部門が、「あそこは特別だから」と従来の研究部門と交流を持てず、社内で孤立しているケースもありました。

 それを防ぐには、ゴールを皆で共有することが大切です。そのゴールにたどりつくには、皆の力が必要であることを可視化しなければなりません。たとえば、AIや仮想現実(VR)の技術者が新しくやって来るのであれば、事前にその技術を体験させる。機能を口で説明されても、その魅力は伝わりません。人を引き寄せるには、技術や価値を体感させることが一つの手段になると思います。

 3つ目の「構え」はどういうことですか?

「構え」とは、新たな価値を実現するために必要なものを、機能や要素レベルで、あらかじめ準備しておくことです。ここでは、モジュール化の発想が必要です。変化の激しいいま、スピードは何よりも重要です。どんなに素晴らしい構想であっても、それに必要な技術をすべてゼロベースからつくっていたのでは間に合わない。ありものの組み合わせでいかに新しい価値を実現するかという発想が大事です。

 フォルクスワーゲンの場合、モジュール化の発想によって、車種を増やすことに成功しました。従来は、車台、エンジン、サスペンションなどを含むプラットフォームを統一して、さまざまなラインナップを実現しようとしていました。しかし、統一化によってたしかに工数を減らすことができましたが、その一方で、車種ごとの個性が失われてしまいました。そこで、モジュール化では、組み合わせる前の部品やモジュールのレベルで6割の共通化を図ることで、開発スピードと多様性を両立したのです。

 モジュール化の重要性は、サービス業でも同じです。たとえば、マクドナルドは、サービスをモジュール化し、トースターやフライヤー、シェイクをつくる機械のそれぞれが、どんな食材に、どんな調理をできるかを把握しています。そのうえで、人間はそれらをうまく活かして、その時々の消費者ニーズに合わせて、さまざまなメニューを生み出しているのです。

 これら3つのステップを導入することは、従来のやり方を刷新することとも言えます伝統的大企業ほど変革は難しいように思えますが、何をすべきだとお考えですか?

 企業が変われない大きな理由の一つは、一人ひとりが自分の世界しか持てていないことだと思います。かつては同じ縦割りの企業社会の中にあっても、各部門がクロスして集まり、関係者が一丸となって一つのことに取り組むという活動もよく見られました。こうした大部屋活動を通じて、どの部署でも、他の部署がいま何をやっていて、それが目指すべきゴールの到達にどう活きているかが理解できていたのです。

 こうした世界観をもう一度取り戻すとともに、さらなる進化を果たすには、他人や他社など、自分とは違うことをやっている人たちへの理解を深める必要があります。外に目を向ければ違う世界が広がっており、そこにいる人たちと交わるのは楽しいという感覚を、社員に植え付けられるかが勝負になるでしょう。特に、若手や中堅クラスなど、人数の多い彼らが視野を広げて横へのつながりが出て、互いに理解し合うようになれば、企業は自然と変わってくると思います。

 昨今の技術進化は目まぐるしく、注目を浴びているのはAIだけではありません。長島さんがいま注目されている技術は何でしょうか?

 たとえば、量子コンピュータです。普及にはまだ時間がかかるかもしれませんが、エネルギーの消費量を下げられることと、スピードも上がり、機械の小型化の推進にも貢献することが期待されます。また、燃料電池や全固体電池など新しい電池の技術も、これからもっと注目されるようになるでしょう。無線給電も有望です。これが実用化されると、たとえばコンタクトレンズにAR(拡張現実)やAIを組み込むことができます。

 そうした新しい技術の普及に際しては、どのタイミングで、何ができるようになるかを見通しておくことが重要です。企業経営は技術ドリブンでどんどん変わっていくため、経営陣は常に最先端を追い求め続けなければなりません。経営者自身が専門家である必要はありませんが、新しい技術が社会と経営にどのようなインパクトをもたらせるかを見通せる人物をそばに置いておくことは不可欠になるでしょう。