村上 こう説明すると当たり前のように聞こえるかもしれませんが、じつは相当難易度が高いことです。
デジタル社会化により将来の社会・ビジネスニーズが読みにくくなっている中、長期スパンでビジネスのシナリオを考えること自体、かなりハードルが高い。また、前ページの図で示したようなビジネスシナリオごとに投資を柔軟に選択できるようなシステム構成(アーキテクチャ)の獲得についても、世の中に目指すべき絵姿としての「唯一の正解」や「業界標準」が存在しないうえに、既存IT資産は重厚長大資産となっており容易に新しい形に再構成することが難しい。
さらに、コスト効率や安定性といった従来の価値観と、機動性・革新性といった価値観は必ずコンフリクトを起こすため、ビジネス・ITが一体となって、戦略的にジャッジしていくためのガバナンスも必要です。これら3つを愚直に進めるのがデジタル・エンタープライズ・アーキテクチャのアプローチなのです。
――具体的にはどのように進めるのですか?
田中 最大のハードルである新たなIT構成へ転換する手法としては、大きく3つのアプローチがあります(下図)。

1つは「デジタル・ディカップリング型」です。クラウドインフラや、Hadoopなどのデータ活用基盤、RPA(ロボットによる業務の自動化)によるレガシーシステムとの連携など新たなテクノロジーを活用することで、レガシーシステムの外側で新たなビジネスの基盤を構築し、かつ相互に連携させる方法がです。基幹システムに大幅な手を加えなくても、簡易的にデジタルビジネスのスピードや柔軟性を備えることができます。
2つめは「デジタル・ビークル活用型」。特定領域のデジタルビジネスを切り離して最小構成でITを整備し、大きく成長したら既存事業を吸収する方法です。既存ビジネスのしがらみを絶つことにより柔軟かつ大胆な投資が可能となり、スクラップ&ビルドの発想でビジネス変革を行う場合に有効な手法です。
最後は「トランスフォーメーショナル・ジャーニー型」です。既存IT資産を徐々にデジタル型に移行していくものです。長期を要するため、常にビジネス・ITの将来像を鏡に個々の案件を進める必要があり、その将来像自体も矮小化・陳腐化を招かないよう、継続的にガバナンスを効かせていく仕組みが極めて重要になります。
デジタル・ディカップリング型は比較的新しいアプローチであり、欧米の先進的金融機関を先行例に、金融以外の産業でも徐々に浸透しつつあります。
また、デジタル・ビークル活用型の成功例として、ポーランドの伝統的金融機関、mBankの取り組みが挙げられます。もともとホールセール専業でしたが、2000年代にデジタル型のモバイルバンキングをつくり、それが多くの顧客の支持を得て成長したので、ホールセールを吸収するかたちでビジネス全体のリブランディングを置き換えました。
成長の原動力となったのは、申し込みから入金まで30秒で完結する「30秒ローン」や、スマートフォンのSNSやアドレス帳からの直接送金など、200以上もの多様なモバイルサービスです。「30秒の信号待ちであらゆる取引が済ませられる銀行へ」をコンセプトに、顧客体験を刷新しました。