村上 我々は「デジタル化」を単なるモバイルアプリ提供のように、表層的にアドオンするものではなく、既存ビジネスと融合し、それを埋め込む - “embed”していくものとして捉えています。斬新な顧客体験の提供はスタートアップの独壇場と捉えられがちですが、モバイルチャネルの顧客接点機能単体はさておき、本業の商品・サービスと統合して提供することは、伝統的企業に圧倒的な強みがあります。日本の大企業にとっても、従来型ビジネスと新たに創造したデジタルビジネスを融合させることで、革新的かつ本質的な顧客体験を創造するという発想は大いに参考となるものです。

 これに取り組むにあたり、将来的に目指すべきIT構成や、その経過として前で述べた3つのアプローチのどれを採用するかは、自社や自業界が置かれている事業環境や、将来目指すビジネスのシナリオを的確に捉え、最適なものを主体的に判断・選択していく必要があります。これを実現するIT投資の新たな発想が、前に述べたシナリオプランニングの概念を取り入れた「デジタル・エンタープライズ・アーキテクチャ」の検討アプローチになります。

ビジネス戦略とシステムアーキテクチャを
一体化した議論が必要

――日本の大企業が「デジタル・エンタープライズ・アーキテクチャ」に取り組むうえでの課題は何ですか。

村上 1つは、大企業のITインフラは、IT専業ベンダーに長らく依存しており、改革の原動力が確保しにくい点でしょう。

 ITスペシャリストの所属企業を、ユーザ企業とITサービス企業との比率で比較した調査がありますが、米国は約7割がユーザ企業がに所属しており、ユーザ主導での変革が進みやすい構造にあります。一方の日本は、およそ7割がITサービス企業側にいます。これは世界のオフショアセンターであるインドや中国の割合と同水準であり、ある意味で衝撃的な数字かと思います。このような状況では、既存のIT資産を否定するような新たな発想は自然発生的に生じにくく、デジタル・エンタープライズ・アーキテクチャのような議論を開始すると、様々なハードルや障壁について議論が先行し、投資に踏み切ることが困難になりがちです。

――どのように課題を克服していくべきでしょう。

村上 まず、なぜ今、デジタルビジネスの創造とシステムアーキテクチャの再構成を考えなければいけないのか、その必要性を共有することが大切です。

 かなり高い確率で既存ビジネスの延長線上に将来はなく、それどころか自分たちの事業の市場そのものが消えてなくなる日が来るかもしれない。目線を先に持っていかなければいけない時期に来ていることを理解すべきです。

田中 ビジネス環境の変化のスピードを考えると、デジタル社会に後れを取る「機会損失コスト」は非常に大きなものとなります。従来の大企業IT投資ではとかく「埋没費用(サンクコスト)」が重視されがちでしたが、この機会損失側のコストを意識することも危機意識を持つポイントとなります。

村上 最近、金融、通信、製造業といった所謂IT装置産業と呼ばれた業態でデジタル・エンタープライズ・アーキテクチャに関心を持つ企業が増え始めています。本気でデジタルビジネスの創造に取り組むなら、テクノロジーの準備が必須になるからです。

――その準備のためにはまず何をすべきですか。

村上 CIOやCDO(最高デジタル責任者)だけで既存ビジネスの位置づけ、将来のビジネスとITシステムの在り方のすべてを決めることはできません。ITとビジネスの両部門、さらにはCEO(最高経営責任者)も参加してディスカッションすることが望ましいでしょう。

 実際、そういう議論を望む企業が確実に増えていることを私も肌で感じています。従来はビジネス戦略とシステムアーキテクチャは別々に議論されてきましたが、これを一体化させてコンセンサスを得ていくことが重要です。

(構成/河合起季 撮影/宇佐見利明)