2009年にバーバラ・エーレンライクが、『ポジティブ病の国、アメリカ』でポジティブ思考の飽くなき追求とその弊害を論じた。
2014年には、ニューヨーク大学の心理学教授ガブリエル・エッティンゲンの『成功するにはポジティブ思考を捨てなさい』、そしてポジティブ心理学が専門のトッド・カシュダンとロバート・ビスワス=ディーナーによる『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』が出版された。
2015年に入ると、マシュー・ハトソンの素晴らしい論考"Beyond Happiness: The Upside of Feeling Down"(幸福を超えて:落ち込むことのメリット)が『サイコロジー・トゥデイ』に登場。書籍では、スタンフォード大学のケリー・マクゴニカルによる『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』、英国の歴史家で解説者のアンソニー・セルドンのBeyond Happiness(幸福を超えて)、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジで政治を講じる英国人著述家ウィリアム・デイビスによるThe Happiness Industry(幸福ビジネス:幸福を売りつける政府と企業)などが相次いで出版された。
幸福への反対運動がついに起こったのだろうか。そう言えなくもない。最近発表されたこれらの論考のほとんどは、ハッピーでなくてはならない、ポジティブに考えなくてはならない、という現代的強迫観念への抗議と考えることができる。
エッティンゲンは、明るい幻想から目を醒まして現実の障害を分析することが大切だと説いている。カシュダンとビスワス=ディーナーの共著やハットソンの論考は、冒頭に私の例として挙げたようなネガティブな感情にはよい面もある、ということを詳しく論じている。そうした感情があるからこそ、私たちは状況を改善しようとしたり、自分を成長させようとしたりするわけだ。
ハーバード大学の心理学者スーザン・デイビッドが『ハーバード・ビジネス・レビュー』に書いた論文「ネガティブな感情をコントロールする法」も、この点を掘り下げている。
マクゴニカルは、たとえ何らかの不快な状態――つまりストレス――があったとしても、それを穏やかな心で受けとめることができれば、心身の健康は阻害されないばかりか、むしろ改善されるということを示した。困難に直面したらストレスを感じるのが自然だと考えて受け入れる人は、ストレスと戦おうとする人よりも、再起力があって長生きするという。
セルドンは、ただ快楽を追い求めることをやめ、より有意義なことに心を向けるようになったことで喜びを得た自身の体験を紹介し、読者もそうなれるはずだと論じている。
彼が何に心を向けたかを紹介しよう。自己受容、集団への帰属、よき人格であろうとすること、規律、共感、焦点を絞る、寛容、健康、問う姿勢、内なる旅、因果応報を受け入れる、礼拝、瞑想だ(貴重な助言なのにアルファベット順の配列でやや安直な印象を与えるのが残念な気もするが、続刊が出たらXとZが何になるのか楽しみだ)。
デイビスは幸福の問題に別の角度から迫っている。彼は「脳内の曖昧とした感情的プロセス」を利用しようとする組織的な試みに辟易としていた。彼に言わせれば、広告主も、人事部のマネジャーも、政府も、製薬会社も、人々の飽くなき幸福欲求を測定し、操作し、そこから利益を得ようとしているということになる。
ただし、これらの著者の誰一人として、幸せな人生を目指す個人の生き方に異議を唱えてはいない。私たちは「幸福の追求」と言うが、本当に目指しているのは「長期的な達成」と言うべきものである。
ポジティブ心理学の父マーティン・セリグマンは、何年も前から、それを「フラーリッシュ」(flourish:持続的幸福)と呼び、ポジティブな感情(すなわち幸福感)は、没頭、つながり、生きる意味、達成などと並ぶフラーリッシュの一要素であると論じている。
ハフィントンポストの創設者アリアナ・ハフィントンは、近著でそれを「成功」(thrive)という言葉で表している(幸福・知恵・驚き・与えることの四つから成るものと定義)。
幸福の哲学をめぐる歴史に関する本の中でも特に啓発的で楽しく読める一冊を著した、先述のルノワールは、それをシンプルに「人生への愛」と呼んでいる。これらに異議を唱えられる人はいないはずだ。
幸福になろうと説く専門家たちのほとんどが間違っているのは、日々の暮らしで(さすがに四六時中ではないにせよ)幸福を感じていれば、長期的な達成につながる、と主張している点にある。
コップにはまだ水が半分残っていると考える楽観主義者にとっては、その通りなのかもしれない。そういう人なら、この分野の最も著名な研究者、ダン・ギルバートが示唆しているように「幸福との偶然の出会い」を体験できるかもしれない。大学教授からコンサルタントに転身したショーン・エイカーが語った「幸福のアドバンテージ」を得ることができるかもしれない。
あるいはエイカーの妻でありグッドシンクの共同経営者であるミッシェル・ギーレンが新著で勧めているように、「幸福を拡散する」こともできるかもしれない。これらは、冒頭にも書いたような単純なテクニックを使えばすむ話であるようだ。
しかし、かようにたくさんの喜びを見出すことにわざとらしさを感じる私のような人たちは、そうした方法で意味ある人間関係を築いたり、立派なキャリアを手に入れたりすることはできそうにない。雇用主をはじめとする外からの働きかけに反応してポジティブになれるわけでもない。
そんな私たちは自己啓発の本を読むことではなく、別のさまざまな方法で長期的な達成を目指しているのだ。長い目で見れば、私はたぶんそれで問題ないと思う。それどころか、幸せにだってなれるはずだ。
HBR.ORG原文:"The Happiness Backlash," July-August 2015.
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アリソン・ビアード(Alison Beard)
『ハーバード・ビジネス・レビュー』のシニア・エディター。