米ファッションサイトの事例が示す
AIと人間によるコラボレーションの力

 本書は6つの章で構成されている。「第1章 ここがヘンだよ、日本のAIビジネス」「第2章 AIビジネスの最先端を見てみよう」「第3章 AIを導入したい企業がすべきこと」「第4章 AIビジネスの課題とは」「第5章 AI人材とこれからの日本」「第6章 AI時代における私たちの働き方」である。

 2章の「AIビジネスの最先端」に絞って見ていこう。ここで、先端事例として紹介されるのが、米ファンション通販サイト「スティッチフィックス」(Stich Fix)である。

 スティッチフィックスは、ハーバード・ビジネス・スクールを卒業したカトリーナ・レイク氏が2011年に創業した会社で、現在290万人超(同社IR資料より)のユーザーを抱える人気ファッションサイトだ。

 特徴は、会員登録時に85の項目の質問に答えることで、ユーザーの好みに応じた洋服が5アイテム送られてくることだ。ユーザーは、好みの洋服だけ保管し、残りは無料返却できる。基本料金は月額20ドルで、1着でも購入すると20ドル差し引かれる。いわゆるサブスクリプションモデルである。

 スティッチフィックスの強みは、データサイエンティストを100人以上擁し、あらゆるシーンでAIが活用されていることにある。それにより、ユーザーの好みにあった洋服を提案する「パーソナルスタイリスト」というジャンルを開拓し、ファンション通販の新しいビジネスを構築した。

 たとえば、返品されてくる洋服などを基に、AIが個々の好みのファッションを学習し、学習の精度を上げるという学習サイクルが回っている。

 それだけでなく、ファッションという人間的な感性が必要な領域を、スタイリストを3900人以上雇うことで補っている。AIがユーザーに提案するファッションを人間のスタイリストが検証することで、機械だけでは判断できないような好みの精度を上げているということだ。

 こうして本来、ユーザー自身も気づいていないような、好みのコーディネイトの提案を実現した。さらに、データサイエンスの力でユーザー体験の向上も成し遂げているので、会員が増加し続けている。

 本書では、スティッチフィックスの示す新しいビジネスモデルを提示しながら、「アメリカ、とりわけシリコンバレーでは、スティッチフィックスの話は『顧客中心主義』を達成したいすべてのビジネスに当てはまる話だと捉えられている」と述べる。これからの時代、「顧客中心主義」を実現させるためには、「AI+人間」の力が大きな要因になるということだ。

 また、本書はAI導入のステップについてもフォーカスしており、「AIは『導入』し、『定着』させ、『効果検証』のサイクルが回って初めてビジネスになり得る」と言及している。これは、スティッチフィックスが示すとおりである。

 スティッチフィックスのような「サブスクリプションモデル」は、様々な業界で話題となっている。AIとの相性のよさを考えれば、サブスクリプションモデルは伝統的な産業でも大いに参考になるだろう。

 先の話に戻れば、中小企業こそ顧客に近いのだから、サブスクリプションとAI、人間の力によって、新たなビジネスモデルが構築できるのかもしれない。多品種少量生産型のファッションECでもできたのだから、たとえば、伝統工芸品や農産物のサブスクリプションモデルだって無理ではない。

 もちろん、それだけでなく本書を読めば、AIを中小企業のビジネスと結びつけて考えることができるだろう。

 中身は非常に平易であるので、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』本誌で紹介したような先端事例、たとえば『AIとスタイリストの融合で顧客体験を変えた』(2018年11月号)や『コラボレーティブ・インテリジェンス:人間とAIの理想的な関係』(2019年2月号)を読み解く上でも参考になるだろう。技術がわからなくても、AIのビジネスの可能性を考えるのに適した一冊である。