デジタル技術の進展に伴い、経済のサービス化、製造業のサービス化が言われて久しいが、日本ではまだまだ立ち遅れているのが現状だ。背景には、製品とは異なるサービスの設計の難しさがある。東京大学大学院工学系研究科准教授の西野成昭氏は、経済学の応用分野であるメカニズムデザインを適用し、科学的・工学的なアプローチからサービス設計に挑む。デジタル時代のサービス設計と価値の創出のあり方について同氏に伺った。
人によって価値が変わるサービスをいかに設計するか
――海外では、シェアリングエコノミーやサブスクリプション(定額制)サービスが台頭し、製造業のサービス化も進んでいます。「所有から利用へのシフトが進む」と言われながら、日本で立ち遅れているのは何故でしょう。

東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 准教授
1999年、神戸大学工学部機械工学科卒業。2004年、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻修了。博士(工学)。同年4月より東京大学人工物工学研究センター研究員。2006年4月、同センター助手(2007年より助教に名称変更)。2009年11月より現職。2017年Cranfield University, Visiting researcher、2018年Coventry University, Visiting researcher。2018年11月よりサービス学会の論文誌の編集委員長を務める。専門分野はサービス工学、実験経済学、ゲーム理論、マルチエージェントシステム、技術経営。
たとえば、日本でウーバー・テクノロジーズがタクシー業界と対立し、なかなかサービス提供に至っていないのは、規制もそうですが、既得権益を奪われたくないという業界の危機感が先行しているのだと思います。ライドシェアのような新たな形のサービスが登場したときに、既存の業界の売上げが減少し、雇用も失ってしまうという懸念がありますが、そうした点も含めて、うまく全体を考えればいいのではないでしょうか。
米国にKaggle(カグル)という、機械学習の分析モデルをコンペ形式で競うプラットフォームがあります。クラウドソーシングの手法を採用していることかから、先述のウーバーで起きたことと同様な見方では、既存のプログラマーの職を奪ってしまうのではないかとも考えられますが、実際に起こっているのは必ずしもそうではなくて、Kaggleで活躍している人たちは、就職先があって、優秀な能力をアピールする場にもなっているのです。そうした外側のフレームまで含めて、サービスを設計しないといけないと思います。プラットフォームのような俯瞰的な見方というのが日本は弱い気がします。
日本人的な感覚で言うと、サービスそのものに価値を見出そうとしない、そんな傾向があると思います。「サービスはタダ(無料)」という感覚が依然として根強いため、目の前にものがあるのに、所有することができず、機能性だけに対価を払うというのは、なんとなく抵抗感があるという人が多いことも大きく関係しているでしょう。
――サービス設計の難しさについて指摘されていますが、そもそもどういった点が難しいのでしょうか。
昔からよく言われているのは、サービスには、無形性、異質性、同時性、消滅性という4つの基本性質があり、これらが根本的に設計を難しくする要因であると考えられます。たとえば無形性。サービスは無形なので、目に見えない。見えないものをどうつくるかは大きな問題で、結局は利用プロセスの設計にならざるを得ません。図のように、製品ライフサイクルで考えれば、製品設計は一番上流に位置されるのに対して、サービスの設計とは利用サイクルにおけるプロセス部分の設計になるのです。つまり、本質的に人間が含まれる系として設計問題を考えなければなりません。なおかつ異質性により、サービスの提供者と利用者が同じ人同士でもコンテキストが変わると価値が変わるので、客観的につくることが難しい。多くのサービスが提供者の経験と勘に依存し、なかなかそこから抜け出せていないのは、そうした背景があります。
私自身の研究では、科学的・工学的アプローチに基づいてサービスの設計を扱っています。「サービス設計」という漢字に対して、カタカナの「サービスデザイン」は、何らかの創造物と同様、アート的発想に基づいてサービスをつくるアプローチとして、あえてそれとは区別しています。もっとも最近は、サービスデザインの世界でも、たとえばカスタマー・ジャーニー・マップなど、ロジカルなアプローチも見られるようになり、さまざまな有用なツールも提供され始めているのも事実です。

出所:西野 他「サービスを『設計する』とはどういうことか」(『サービソロジーへの招待』東京大学出版会、2017)