急速な高齢化の進展に伴って、健康に対してさまざまな不安を抱える人が多くなってきている。そうした中でも、この長寿社会を持続可能なものにしていかなくては、個人にとっても、国全体としてもウェルビーイングが低下してしまう。

一方、我々にとって最も身近な「食」は、世界に誇れる日本の文化であり、長寿化を支えてきた要因の一つと考えられる。心の豊かさや肉体的な健康と密接に結び付く食の価値を、テクノロジーとデータを駆使してアップデートしていくことが社会的に大きな意義を持つと、アクセンチュアの宮尾大志氏は主張する。

長寿社会におけるウェルビーイングを再考する

――我が国は言わずと知れた長寿国ですが、経済面や、独居に伴う精神的な面などから、長生きすることにおいて不安を抱える人が多いという特徴があります。

宮尾 日本人の平均寿命は、2020年時点で男性81.6歳、女性87.7歳で、今後も長寿化が進むことが予想されます。肉体的、精神的、社会的に満たされた状態で長い人生をいかに過ごすか、長寿社会におけるウェルビーイングをどう実現していくかは大きな社会課題です。

 充実した生活を送るには健康第一であることは言うまでもありません。日本の平均寿命と健康寿命(日常生活に制限のない期間)の差は、2019年時点で男性が8.73年、女性が12.06年となっています(厚生労働省「第16回健康日本21(第二次)推進専門委員会資料」2021年12月)。

 平均寿命が延びるにつれてこの差が広がれば、健康に過ごせない期間が長くなり、医療費や介護費がかさんで家計と国家財政を圧迫する可能性があります。ウェルビーイングの前提となる健康寿命の延伸は、日本の最重要課題の一つと言っていいでしょう。

 魚や野菜、発酵食品などをよく摂取する日本人の食生活が、長寿化の要因の一つと考えられますが、近年は食べたいものを自由に食べられない人が増えています。たとえば、高齢化に伴う咀嚼(そしゃく)能力の低下や糖尿病をはじめとする生活習慣病による食事制限、食物アレルギーの罹患率増加などが挙げられます。

 こうした問題を新しいテクノロジーなどを活用して解決していくと同時に、ウェルビーイング実現に向けて「食」が持つ価値や果たすべき役割を社会全体で再定義していくことが重要だと思います。

――「食」が持つ価値は、変化しているのでしょうか。

宮尾 私たちは食事によってエネルギーや栄養などを摂取しています。つまり、生命機能を維持するために食べる。それが食の根本的な価値であることに変わりはありません。

宮尾大志
アクセンチュア
製造・流通本部 消費財・サービスグループ日本統括 マネジング・ディレクター
Daishi Miyao

三井物産を経て、アクセンチュアに入社。INSEAD Global Executive MBA修了。消費財業界を中心に、デジタルを活用した企業成長戦略、新規事業立案・実行支援、全社変革などを推進。『日経ムック 食と農の進化』(日本経済新聞出版、2022年)監修。

 一方、単身世帯や共働き世帯では一人で食事をする「孤食」が増えています。孤食は人とのコミュニケーションがなく、栄養バランスも崩れがちです。日本の65歳以上の高齢者を対象にした大規模な疫学調査を用いて孤食が及ぼす影響について検討した結果、欠食、野菜・果物の摂取頻度の低下、肥満、低体重、鬱(うつ)病の発症の割合が上昇することが確認されたそうです。つまり、どのような「食体験」をしているかが、私たちの肉体や精神に大きく影響しているわけです。

 アクセンチュアでは2016〜21年にかけて、日本国内の20〜70代を対象に食の価値観や体験をテーマにした定性調査を実施しました。そこから、消費者が潜在的に意識している食の5つの価値が見えてきました。