現場や経営に役立ってこそのデータ分析
一方、データ活用に苦慮する日本企業が抱える悩みを、滋賀大学教授の河本薫氏が指南する。河本氏は、前職の大阪ガスでデータ分析の専門組織「ビジネスアナリシスセンター」を立ち上げるなど、データ経営が叫ばれる以前からデータをビジネスの現場に活かすことと、活かせるデータサイエンティストの育成に尽力してきた。

1989年、京都大学工学部数理工学科卒業。1991年、京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻修了。1991年、大阪ガス入社。1998年、米ローレンスバークレー国立研究所でデータ分析に従事。2005年、大阪大学で博士号(工学)。2011年、社内のデータ分析専門組織「ビジネスアナリシスセンター」の所長に就任。2014年、神戸大学で博士号(経済学)。同年、大阪大学招聘教授を兼任。2018年より滋賀大学データサイエンス学部教授。著書に『会社を変える分析の力』(講談社、2013年)、『最強のデータ分析組織 なぜ大阪ガスは成功したのか』(日経BP社、2017年)。DHBR2019年6月号「現場の能力を引き出すデータ分析の6つの型」
まず、データを経営で活かせない理由として、データの収集や分析に重きを置きすぎて、ビジネスの現場や経営の意思決定に役立てる意識が希薄なことにあると指摘する。
「データ分析は3つのプロセスからなる。最初が『見つける』。これは現場の悩みや願望から問題を抽出し、データ分析で解けるよう問題を整えるプロセスだ。次が問題を分析して『解く』、最後が分析から得た予測や改善策を現場に『使わせる』プロセスだ。効果が出ないのは、見つけると使わせるプロセスが不十分であることが多い」(河本氏)。
「見つける」で失敗する典型的なパターンは、抽出した問題をデータで分析できるように整えられないことだ。「伝統的なビジネスを中心に、現場は勘や経験などの暗黙知で動いていることが多い。この暗黙知からなるプロセスを形式化し、データや数式で解けるような問題に整理することが難しい」(河本氏)。
例えば「設備の故障を予測する」という問い立てでは不十分だ。データで解ける問いにするには、「設備を成す部位別の故障発生を何日前に的中率60%以上で予測できる」などのレベルで具体化、形式化する必要がある。
一方、「使わせる」プロセスで多い失敗として、データ分析で得た予測や改善策を提案しても、現場で導入が進まないことだろう。
河本氏も過去、役立つ解を出したにもかかわらず、現場が使わずに悔しい思いをした経験が多々あるという。「現場のプライドや仕事の方法を変えたくないという維持思考が主因と考えていたが、実は違っていた」(河本氏)。
企業の現場担当者は、結果責任だけでなく説明責任も果たしている。これまで自らの勘と経験で判断していたときには、自らの言葉で判断理由を説明できた。しかし、機械学習の予測に従って判断するとなると、機械学習はブラックボックスのため、なぜそういう判断をしたか自分の言葉で説明できない。「確かに、機械学習はブラックボックスなので、なぜそういう予測になったのか説明することは難しい。でも、得られた予測モデルの解釈を説明することはできる。たとえば、どの因子が予測に影響を与えるかとか、特定の因子が単位量変化すると予測はどれだけ変わるかとか。現場担当者は、こういった解釈を自ら出来るようにしてあげれば、それを言葉にして説明責任を果たせるのである。」(河本氏)
河本氏は、長年の経験からビジネスの意思決定を6種類に分類し、それぞれのデータ分析プロセスを類型化した。例えば、ローン審査などの同じ選択問題を繰り返し行う「定型選択型」、出店立地を決めるといった単発の意思決定をする「非定型選択型」、販促施策を考える「仮説試行型」など、意思決定の種類ごとにデータ分析の目的や手法を体系化している(詳しい解説は本誌6月号を参照)。ぜひ、どの意思決定に該当するかを理解し、適切なアプローチをとってほしい。
データ経営を推進する際のボトルネックが人材育成だ。「データサイエンティストが求められる能力は広い。『解く力』は教科書やセミナーで学べるが、『見つける力』や『使わせる力』を身につけるのは簡単ではない」(河本氏)。
特に使わせるプロセスはタフだ。現場担当者に勘や経験を捨て、データやAIが提示した行動をしてもらうところまでが仕事になる。「分析だけすればいいという分業意識が強かったり、組織が役割で分断されていたりすると難しい。データサイエンティストは、すべてを一人で行うぐらいの当事者意識を持って臨むことが大切だ」(河本氏)。