筆者と同僚は、医学誌『BMJ』に掲載された研究論文の中で、研修を終え独り立ちして間もない内科医に治療された、米国の約50万人の入院患者のアウトカム(治療成果)を分析している。これらの医師が研修時代に経験した勤務時間規制のあり方は、時期によって異なる。
分析の結果、筆者らは次の知見を得た。新米の内科医のうち、研修期間の勤務時間が日常的に週90~100時間に達していた人たちと、それより大幅に少なかった人たちを比べると、前者は研修時間の多さにもかかわらず、患者のアウトカムは優れていなかったのである。
すなわち、医師を訓練するためには、週80時間の勤務で十分と思われるのだ。
筆者らの分析は単純なものであった。研修医の勤務時間改革法は2003年に施行されたので、2006年以降に研修を修了した内科医は、週80時間以内の勤務を丸3年間経験してきたことになる。一方、2006年以前に研修を修了した内科医は、80時間以上の勤務を1年または複数年経験している。
筆者らは、2000~2006年の新米医師(研修修了後1年目の内科医)と、2007~2012年の新米医師の患者アウトカムを比較した。アウトカム指標は、患者の入院後30日以内の死亡率、30日以内の再入院率、および治療コストとした。さらに、研修修了後2年目の内科医についても分析したところ、やはり同様の結果を得られた(研修時間の多さは患者アウトカムに寄与していなかった)。
病院の治療精度は、時とともに向上する。筆者らはこの事実を考慮し、研修修了後10年目の医師らを第二の対照群とした。
研修期間に勤務時間の上限がなかった彼ら(2000~2006年の10年目医師と、2007~2012年の10年目医師)について、前述の3つのアウトカム指標を調べた。もし両グループの患者アウトカムに何らかの差があれば、それは病院の治療精度の経時的な変化のみを反映しているはずであり、研修医時代の勤務時間の長短は関係ない。
2006年以前に研修を修了した1年目の内科医と、2006年以降に修了した1年目の内科医を比較したところ、入院患者の30日死亡率は、前者が10.7%、後者が9.9%であった。ただし、この差異を根拠に、勤務時間を削減すればよりよく訓練された医師が生まれる、と主張するのは正しくない。しかし、同様の傾向は10年目の内科医についても観察された。彼らの患者の死亡率は、2006年以前には11.2%、2007年以降は10.4%であった。
死亡率の差は、処理群(週80時間の研修を経た医師)、対照群(週100時間の研修を経た医師)ともに似たような傾向であるため、この差は研修時間に帰すことはできず、病院の質の向上が原因である可能性が高い。同様に、研修医時代の病院勤務時間の削減は、その後、独立してからの患者の再入院率および治療コストにも、概して影響を及ぼしていないという結果が示された。
筆者らの分析結果は、医師の間に現在まん延している、燃え尽きにも関連するものだ。複数の調査によれば、米国の医師の40%以上が燃え尽きの経験を報告している。この現象が最初に現れるのは、多忙な研修医時代であることが多い。
仮に研修の過酷さが、独立後に優れた治療を提供するための必須条件であるとしよう。その理由がひとえに、患者の治療に大量の時間を費やすことは、臨床の専門技能を習得するうえで絶対に必要だからであるとしよう。これが真実ならば、患者への治療の質を損なわずに研修医の勤務時間をこれ以上減らすことは、難しいかもしれない。
一方、病院での研修の増加は「効果曲線の水平部分」かもしれない。つまり、勤務時間を増やしても、専門技能の習得という面でわずかな効果しか生まないということだ。今日では、こちらのほうが蓋然性が高い。個々の医師らの専門技能に多少の差があっても、チーム化が進む医療体制、そして電子カルテやさまざまな安全システムといった医療技術の進歩によって、その差を緩和できる可能性が高いからだ。
筆者らの研究データは、少なくとも次のことを示唆している。
研修医の週80時間を超えた労働時間分の経験値は、独立後に患者アウトカムの向上にはつながらないのが一般的だ。そして、医師の燃え尽きが近年増えていることをふまえれば、研修医の労働時間のさらなる削減や、疲弊を招く他の諸要因に対処するための改革(たとえば電子カルテの導入や、保険関連の問題の解決)を検討する価値はある。臨床専門技能の習得、および臨床現場にいる患者への治療の質を犠牲にせず、それらが可能かを考えるべきなのだ。
研修医の勤務時間を見直そうという真摯な提案は見られないのが現状だが、これは未解決の経験的問いであり、検証に値するものである。
HBR.org原文:Is an 80-Hour Workweek Enough to Train a Doctor? July 12, 2019.
■こちらの記事もおすすめします
仕事に情熱を注ぐ人ほど燃え尽き症候群に陥りやすい
ワーカホリックと長時間労働はどう違い、あなたの健康にどんな影響をもたらすのか
大きな成功を収めたいまでも、なぜ週70時間働いているのか

アヌパム B. ジェナ(Anupam B. Jena)
ハーバード・メディカル・スクールのルース L. ニューハウス記念講座准教授。医療政策学を担当。マサチューセッツ総合病院の内科医。全米経済研究所のファカルティ・リサーチフェロー。