戦略的マインドセットの醸成:社員が自社の優先課題とは無関係に、ばらばらな方向に走り出すことが心配なリーダー向けのガードレール

 カオスへの不安は、戦略的マインドセットの醸成によって解消できる。これは、組織の上から下まで、すべての社員が自社のビジネスモデルや戦略計画、そして自分の仕事がどう組織を前進させるかを理解していることを意味する。

 ゴアテックスなどで知られるWLゴア&アソシエイツは、社員の戦略的マインドセットを育てる方法をいろいろと学んできた。以前は、企業戦略に関する情報は、上意下達式に中間レベルのリーダーを通じて社員に伝えていたが、情報が間違って解釈されたり、まったく行き渡っていなかったりすることがよくあったという。いまはシニアリーダーが、ビデオやスライド、ウェビナー、対面式のフォーラムを通じて、戦略や財務情報を直接社員に語って聞かせている。

「話した内容は全部、帰りの飛行機の中間地点で半減期を迎える、と冗談を言っているんですよ」とゴアのシニアリーダー、トム・ムーアは言う。「何度も繰り返し話すことが大事です。そして、話すたびに簡潔にしていきます。英語が母語でない人にもわかるように。彼らの仕事にどう関係しているかも伝えます」

 シンプルルール:官僚的規則を放棄すると、社員は意思決定の方法がわからないのでは、と心配するリーダー向けのガードレール

 ドナルド・サルとキャスリーン・アイゼンハートが名付けた「シンプルルール」とは、必要なときに必要なだけ暴走や障害に対処するための構造をいう。ボトルネックが生じたときには、どのレベルのリーダーも問題を見極め、それに対処するためのシンプルルールを考え、あとはチームに任せる。

 マイクロソフトは最近、ソフトウェア開発の途中で発生するバグの対処法を定めた、シンプルルールを実践し始めた。以前は、開発サイクルの最終工程に入ってから修正していたが、一回修正しても、必ず次から次へとバグが見つかるため、士気が下がり、開発期間が長引いていた。

 そこで、「バグキャップ(上限)」というシンプルルールが導入された。「エンジニアの人数×5」という数式で表され、バグの数がこの上限を超えたら、開発チームは次の機能部分に着手する前にバグの修正に取り組み、その数を上限以下に下げなければならない。これのおかけで、ソフトウェアが常に健全な状態に維持されるため、リードタイムが短縮されている。

 ファネリング:社員に自由な変革を許すと、質の低い取り組みが多数生まれ、本当に優れたアイデアに十分なリソースが行かなくなるのでは、と心配しているリーダー向けのガードレール

 社員からはアイデアがぽこぽこと出てくるが、そのすべてを進行させることはできないし、させるべきでもない。ファネリングという工程が必要だ。

 第1に、商品開発者は、優秀なメンバーをチームに呼び込み、リソースを得るために他部門の人々と連携する必要がある。人を取り込む過程で改良され、ブラッシュアップされるアイデアもあれば、誰も手を挙げず静かに消えゆくアイデアもある。

 第2に、組織全体が見える経験豊富なリーダーが、類似プロジェクトの存在や、他チームとの協力を示唆し、さらに統合や改良が進む場合もある。こうした「権限委譲型リーダー」は、適切な質問を投げかけてチーム自身に問題点に気づかせ、企業戦略との整合を図らせる。また、チームにプロジェクトが戦略的に有望であり、組織のリソースを得る価値があることを証明させる。それによってプロジェクトの数は一挙に小さくなる。

 サウスウエスト航空では、この目的のために、レベルの異なる社員を混在させた選定委員会を活用している。委員会は、すべてのアイデアに十分なリソースを与えられないし、与えるべきでないこともわかっているため、どのアイデアを訴求し、実現するかを決定する。同社のユニークな搭乗方法は、アイデアから始まり、この選定委員会で承認されて導入の運びとなった。

 分散型リスク軽減:階層的な指揮監督なしでは、リスクの高いベンチャーが多くなってしまうのでは、と心配するリーダー向けのガードレール

 俊敏な企業は、商品が品質基準を満たしているかどうかをチェックする品質管理担当や、企業イメージに関わる問題に目を光らせている広報担当をあまり置いていない。それは、リスク軽減が社員全員の仕事だからだ。

 製造業において、問題を見つけた人が誰でも組立ラインを止められるのと同じように、採算や企業イメージにとってリスクあるプロジェクトには、誰もがストップをかけられるようにする。企業にダメージを与えるリスクにさらさないことを、社員全員の責任にするのである。

 職場における心理的安全性を専門に研究している、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンソンによれば、鉱山事業大手アングロアメリカンは、南アフリカの伝統的な村の集会「レホトラ」を導入し、鉱夫が安心して発言や提案をできる、互いへの思いやりと敬意に満ちた職場づくりに取り組んだ。労働者3万人に新しい安全手順を教育した結果、死亡者が激減したという。

 航空業界は、分散型リスク軽減を使って安全記録を塗り替えようとしている。この何十年もの間に起き続けている、航空機の死傷事故の70%は人的ミスによるものだった。リスクは全員の責任であるという企業文化を醸成し、全社員に正当な自己主張をすること、そして周囲と衝突しても最善の行動を取るメリットを教育するのがカギである。

 ガードレールを設置したら、あとは手を放して、チームに任せたほうがずっと楽だ。そうして俊敏な組織へのシフトを図る。ガードレールがあれば、社員がいい仕事を賢く行うために必要な構造をつくり、官僚的な細かい管理よりもはるかに効果的に、企業戦略を守ることができる。


HBR.org原文:How to Give Your Team the Right Amount of Autonomy, July 11, 2019.


■こちらの記事もおすすめします
上手に仕事を任せるマネジャーは4つの条件を満たしている
マネジャーはなぜ、部下の提案を無視するのか
従業員の自由と責任を両立させる経営

 

デボラ・アンコーナ(Deborah Ancona)
マサチューセッツ工科大学スローンスクール・オブ・マネジメントのシーリー記念講座経営学・組織論特別教授、およびMITリーダーシップセンター創設者。ヘンリック・ブレスマンとの共著に『Xチーム』がある。"In Praise of the Incomplete Leader"の共著者。

ケイト・アイザックス(Kate Isaacs)
MITリーダーシップセンターのリサーチアフィリエイト。ダイアロゴス・ジェネレイティブ・キャピタル(Dialogos Generative Capital)パートナー、センター・フォー・ハイヤー・アンビション・リーダーシップ(Center for Higher Ambition Leadership)エグゼクティブフェロー。企業や多様なステークホルダー間の共同事業が、信頼に基づく関係を通じて社会的経済的価値を生み出す手伝いをしている。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクール・オブ・マネジメント博士(組織論)。MIT工学システム学修士(技術政策)。