同社経営陣は、欧州版アマゾンともいえるような会社の幹部を自社に迎え入れた。彼女は、デジタル至上主義のeコマース企業での豊富な経験があるのみならず、その会社で複数のカテゴリー拡張を成功に導いてきた。その都度、新たなカスタマージャーニーを綿密に構築し、ビジネスモデルの見直しを図っている。組織にデジタルトランスフォーメーションを馴染ませて、主導できる能力の持ち主として、理想的な候補と思われた。

 彼女は新たな戦略を上級幹部らに説明しながら、2ヵ月かけて社内全体を回った。その結果わかったのは、社員は総じて有能なエンジニアだが、デジタルによる変化におびえているということだ。

そこで彼女は、こう決断した。本部から遠く離れた場所に、独立した事業部を立ち上げる必要がある。最も優秀なデジタル人材を雇い、ナーバスな社内の人たちに邪魔されることなく、事業改革の戦略を遂行できる場所をつくろう、と。

 最初のうち、すべては順調のように思われた。特命チームは、カスタマージャーニーを検証し(この機器製造会社は小売店に販売するため、顧客は主にB2Bの法人)、デジタル販路のツールを開発し、リリース後はオンラインの販路で幾分かの初期売上げを達成した。

 とはいえ、売上高はまだ期待を下回っている。チームはその理由を、オンラインマーケティングの予算が限られているためだと結論づけた。彼女はCEOの承認を得たように見せかけながら、従来のマーケティング予算をオンラインの取り組みへと回し、売上増を試みた。そして実際に、売上げは徐々に上向いていった。

 しかしその頃、デジタル部門の外では、会社中で大騒動が生じていた。混乱した提携店が、電話で質問してくる。オンラインポータルでの値付けは、店舗に来る営業チームの値付けとなぜこんなに違うのか、と。怒れる法人顧客が、会社の担当者に長々と問いただす。なぜオンラインの販路は、店側が営業担当者を通じて出した注文と連動していないのか。その商品はなぜ、まだ届かないのか。

 なお悪いことに、従来の販路での売上げ――依然として収益の99%を占める――が落ち込み始めた。

 社内中の幹部らはこの成り行きに反応し、協力をやめ、デジタル販売は完全に破綻した。デジタルの専門家がもたらした売上げは、ゼロから始まって8ヵ月でゼロに戻ったのである。

 教科書通りの戦略が、失敗したのはなぜだろうか。責任を帰すべきは、古典的な犯人――つまりデジタルを理解できず、古いビジネスモデルを守ろうとする上級幹部なのか。リソースと支援の不足が原因だろうか。その可能性もある。

 この数ヵ月後――同社の2度目の挑戦へと話を進めてみよう。