私がインタビューしたデザイナーでプログラマーのベンには双極性障害があるが、彼が勤める会社は、できたてのアレパが食べられる料理イベントや毎週午後のヨガ教室が開催されるなど、多彩なウェルネス・サービスを提供している。「会社の広報では、仕事のストレスを相殺するためだと強調していますが、そう言いながら、ストレスは有能で仕事に励む人にはつきものだという考えを遠回しに強化しているのです」と彼は言う。「たいていは、高すぎる期待の埋め合わせに与えられる賄賂のようなものです」

 現在、世界の企業の10分の9以上が、少なくとも1種類のウェルネスの福利厚生サービスを提供し、5分の3以上が「ウェルネス予算」を組み、それは今後数年間で7.8%拡大する見込みだ。だがこうした福利厚生サービスは、私たちが職場で健康であり、仕事に打ち込み、サポートされていると感じるのに、本当に必要なものだろうか。雇用者は私たちの最善の利益を考慮しているのか、それとも競争優位を獲得して評判(ある場合には収益)を守ることに主眼を置いているのだろうか。

 私自身は、昼休みのヨガやトレイルミックスが、世界に蔓延する職場のストレスや燃え尽き症候群の解毒剤になるとは確信できない。職場のウェルネスが注目されて(資金がつぎ込まれて)はいるが、こうしたプログラムが本当に健康にプラスになるのか判断するのは、まだ早い。

 米国の倉庫で働く労働者3万人以上を対象とした最近の研究では、職場のウェルネス・プログラムを利用した従業員はそうでない従業員と比べて、常習的な欠勤、医療費、仕事の成績について有意差は見られなかった。ただし定期的な運動など、健康にプラスとなる行動をとったかどうかの比率は前者が高かった。

 実際のところ、最近の別の研究によれば、企業のウェルネス・プログラムは、もともと健康な従業員には共感されても、すでに精神的・身体的な健康問題を抱えている人々を遠ざけることすらある。

 米国の大企業(従業員5000名以上)の97%は、メンタルヘルスの専門家に受診する従業員にEAP(従業員支援プログラム)を提供している。米国のメンタルヘルスの問題の蔓延を踏まえると、EAPはおおいに活用されていると思うかもしれない。しかしながら、EAP業界の動向をまとめた最近の報告書によれば、実際の利用者はわずか6.9%にすぎない。

 これは一つには、利用可能なメンタルヘルスのリソースについて、十分に教育がなされていないためである。

 私はさまざまな健康・ウェルネス関連企業(デジタルによる行動医療ケア企業を含む)で消費者向け・企業向け市場のマーケティング・コンサルタントを務めてきたが、両方の立場から、企業にとっては複雑で難解な行動医療ケアよりも、ハッピーアワーやいつでも飲めるコンブチャなど、オフィスで魅力ある特典を提供するほうが簡単だと知っている。深刻なメンタルヘルスの問題を抱える人たちにとって、ウェルネス・サービスの偏重は、よくて無関係、最悪の場合はさらなる苦痛のきっかけになりかねない。

「私の唯一の職場はウェルネスを推進していましたが、私の状態が最悪のときに、最悪の対応をしました」と、かつて世界的に有名な保養所でシェフをしていたローレンは私に言った。職場では、ジムの無料券やスパ・トリートメントの割引券、個人向けの栄養相談、食事のケータリングなどが提供されていた。だがメンタルヘルス休暇は、いかなる期間であれ、問題外として認められていなかった。双極性障害のあるローレンが彼女の言う「精神的破綻」で3週間入院すると、仕事を休みすぎたとの理由で解雇された。

 ローレンの話は、多くの人々が職場で経験することの一例にすぎない。私がまだ拒食症の爪痕を癒しながらウェルネス企業に在職していたとき、リーダーシップ・チームがオフィスに専門家を招いて、断続的断食のメリットについて講演をさせた。私はすでにカロリー制限をやめていたが、克己心を取り戻すことに必死で、空腹に「負ける」自分をいつも責めていた。講演を聞くうちに、私は恥ずかしくなってきた。心のもっとも奥深くの不安が正当化され、その日は食を断った。

 いま思えば、会社は健康の専門家の話を聞くことを素晴らしい特権と考えていたのだろう。それは当時でも理解できたが、やはり私やローレンやベン、他の多くの人々にとって、最も弱っているときに必要なのは、ドグマではなくサポートである。

 この問題を解決する単一の方法があるわけではない。だが、職場を人間らしさと共感のある場所に変え、個々人がメンタルヘルスの問題もすべて含めて全人格を持ち込み、受容できる場にするために、組織として個人としてできるいくつかのステップがある。

 信頼を中心に据えた雇用者と従業員の関係があれば、ウェルネス・プログラムは美しいお飾りから、調和の取れた人間らしいシステムを構成する真の要素に変わる。