第1に、これだけの複雑な工程を始めるには、いまの会社の業務や従業員と、将来必要になる役割とをつなぐロードマップが必要だ。

 従業員はたいてい、いくつかのカテゴリーに分けられる。つまり、新しいスキルやテクノロジーを習得すれば現在の役割かそれに近い役割に残れる社員、新しいタイプの業務に移行するために大掛かりなリスキリングを要する社員、そしていまのところ社内に次の明確な業務がない社員だ。

 たとえば小売店では、自動精算機や陳列棚スキャンロボットなどの導入が広がるに従い、レジや在庫管理の人員が現在ほど必要ではなくなる。そうした従業員の中には、すでに再教育を受けている者もいる。店内を巡回して顧客からの質問に答え、サービス向上に携わる者もいれば、eコマースや配送などを担当するフルフィルメントセンターへ異動する人もいる。

 一方、店舗のバックヤード業務を担う従業員は、自動荷降ろしロボットの保守や管理を学んでいる。他にも、マーケティング戦略の精度向上に役立つ購買や顧客行動に関するデータの発掘・分析など、新しい役割も求められている。

 スキルの詳細な一覧を作成すると、条件の重なる役割を見極めやすく、合理的な異動や配置が見えてくる。それぞれの従業員が保有するスキルと、将来必要なスキルや役割との重なり具合が確認できるツールもある。多様な業務や複数の事業所を持つ企業ほど、配置転換の選択肢が増える。

 道筋が明らかになったら、職務内容の変更度合いに応じて、教育計画を立てる。従業員には、採用時の職種とは違う役割を担わせることになるため、その準備が必要だ。

 第2に、教育方法を決める。

 人事教育には、さまざまな形が考えられる。従来のような教室形式の研修、オンライン研修、その組み合わせ、体験学習のほか、集中合宿、チームラーニング、ゲームの要素を取り入れたゲーミフィケーション、ローテーションによる1対1のコーチングといった新しい手法もある。情報技術を活用すれば、複数の事業所や大人数にも対応でき、個人の都合のよい時間に受講させたり、それぞれの理解度の評価、進捗具合の追跡、学習効果の確認をしたりなど、できることが大幅に増える。オンライン研修では、マルチメディア、インタラクティブコンテンツ、そしてVR(仮想現実)などの没入型の新しいアプローチが取り入れられる。

 研修用の施設も必要になる可能性がある。たとえばアマゾンは、一部のフルフィルメントセンター内に教室を設け、倉庫作業員がデータ処理業務の認定資格プログラムを受講できるようにしている。薬局チェーン大手のCVSは、教室や模擬薬局がある地域学習センターを各地に設立した。この施設は、新規採用者のトレーニングだけでなく、従業員全員に毎年最新のスキルを習得させるためのハブの役割を果たしている。

 トレーニングなら何でもよいわけではない。座学と実習のバランスを図り、ちょうどよいレベルの教材をつくり、ペースを決め、体験全体を興味深いものにするには、技術がいる。適切なバランスを探るためには、プログラム設計の際に、従業員を参加させるとよいだろう。場合によっては、教育のノウハウや組織能力向上プログラムを持つ外部のパートナーに協力を依頼する必要もあるだろう。コーセラ(Coursera)やユダシティ(Udacity)といったオンライン教育企業は、顧客と共同でカスタムメイドの研修プログラムを組み立てている。

 別の選択肢として、地域の教育機関――技術専門学校、コミュニティカレッジ、大学など――と提携して、ニーズにマッチしたカリキュラム、学位、資格などを新設し、地元に将来人材のパイプラインをつくることも考えられる。アリゾナ州立大学、フロリダ大学、ジョージア工科大学をはじめとする多数の伝統ある大学が、企業と共同でオンライン講座や学位取得プログラムを提供している。

 第3に、この取り組みを持続させるには、企業内に専任のリーダーが必要だ。

「最高技能・学習責任者(CSLO: chief skills and learning officer)」の役職をまだ置いていない企業は、新設すべきだろう。この20年で「最高技術責任者」という役職が一般的になったように、従業員の再教育、再定義、再配置が確実に必要となる中、CSLOも今後10年間で一般化するはずだ。このリスキリング専任リーダーに付随して、養成プランの個別設計と運営、教育と配置転換を通じて人事管理の一翼を担う「人材ハブ」の設置と予算付けも必要になる。

 最後に、CEOは、この新機能の構築、そして成果が現れるまでに要する時間を、現実的に想定しなければならない。

 これまで学習機会や、新しいことに挑戦し成長する機会がほとんどなかった従業員は、会社の要請に応えてくれるだろう。誰もが新しい仕事に就きたいわけではなく、向いているわけでもないが、一般的に思われているよりも職種変更で活路が開ける従業員は多い。従業員に学習機会を与え、新しい役割への道筋を明確に指し示すことで、人員の自然減――多くの業界で大きなコスト負担と絶えざる頭痛の種となっている――を抑えることにもつながる。

 教育を施した後に、従業員がその新しい知識や技術を持って会社を去る可能性はある。その投資対効果が長年議論されてきたが、いまでは米国の上位雇用者の中でも、社内研修プログラムに投資するだけでなく、授業料支援プログラムまで設ける企業が増えている。なかには、好きな分野の資格や訓練を選んで受けられる制度もある。こうしたプログラムは、従業員にとって社内でのステップアップへの備えになるだけでなく、企業にとってもその道筋をつくることで、自動化への対応という社会的課題に対する責任を果たすことにつながっている。

 企業幹部と話していて思うのは、米国が転換期にあるということだ。二極分化――高成長する都市と低迷する農村部、高所得ワーカーとその他大勢――は持続可能な状態ではないと皆が感じ始めている。「株主以外の価値にも配慮する」というビジネス・ラウンドテーブルの200人近いメンバーCEOによる最近の宣言は、「従業員への投資」の必要性に対する認識の高まりを反映している。

 雇用者には、自社の労働力確保にとどまらず、国民を未来の仕事に備えさせるという重要な役割がある。多くの企業が教育機関やNPOと提携して教育プログラムを拡大し、業界や地域のキャリアパスウェイ(労働力養成への組織的アプローチ)として打ち出しつつある。地元の教育者や政界リーダーとの連携により、企業は地域社会を活性化させ、米国中に、国民全体に、広く富が分配される社会を築くことができる。


HBR.org原文:It's Time for a C-Level Role Dedicated to Reskilling Workers, September 03, 2019.

■こちらの記事もおすすめします
毎日のワークフローに学習を組み込む方法
仕事の自動化が進むとより重要性を増す3つの職種
スキル開発の現実を国別・業界別で評価する
DHBR2019年4月号「中高年の再教育プログラムの効果を上げる7つのポイント」

 

アンドレ・デュア(André Dua)
マッキンゼー・アンド・カンパニーのシニアパートナー

リズ・ヒルトン・シーゲル(Liz Hilton Segel)
マッキンゼー・アンド・カンパニーの北米マネジングパートナー

スーザン・ルンド(Susan Lund)
マッキンゼー・グローバル・インスティテュートのパートナー