従業員の場合
特に4つの教訓が得られる。
(1)チームで協力する
今回訴訟を起こすまでに、米国女子代表チームは、何年にもわたり性差別を主張してきた。2016年には5人の選手が、EEOCに賃金差別に基づく不服を訴えている。だが今回、28人の代表選手全員が訴状に名を連ねたことは、巨大なパワーを生み出し、5人ではできなかった形で議論を進める助けになっている。
「スポーツとビジネスの世界には重要な共通点がいくつもある。スポーツをビジネスとして、選手を従業員として考えると、特にそうだ」と、パーデュー大学のシェリル・クーキー准教授(女性・ジェンダー・セクシュアリティー研究)は言う。「サッカー女子代表チームの結束は、その大きなカギだ。集団で権利を擁護すれば、一種の安全がもたらされ、運動を牽引できる。ストライキにも全員が参加する。1人ではない」
これは新しいアイデアではない。長年、差別や不正行為を告発するうえで、数の力が重要な役割を果たしてきた。
マイクロソフトでは、さまざまな女性スタッフからの計90ページ分ものメールが、セクシャルハラスメント(セクハラ)をはじめとする性的不正行為に関連する内規の全面的見直しにつながった。グーグルでは、性的不適切行為に対する会社の対応が甘いとして、世界で2万人以上の従業員が職場を放棄した。子どもがいる女性社員のメッセージングリストには、「私たちが結束すれば、可能性が広がる」という書き込みがなされた。
(2)データを集める
女子代表チームは、データを駆使して賃金格差を明確にした。その訴状は、男子代表チームの敗戦数のほうが女子代表チームよりも多いと指摘して、試合数で比較すると、男子代表選手の賃金は女性代表選手よりも38%高いことを示した。「代表チームの戦績をビジネスとして考えると、女子チームのほうが優れたプロダクトを持っていることになる」と、クーキーはいう。
プロスポーツにおける男女の賃金格差を肯定する理由としてよく挙げられるのは、女子の試合は男子の試合よりも観客や視聴者が少ないというものだ。米国女子代表チームは、これについても反論を用意した。2016~2018年、女子代表チームがもたらした収益(5080万ドル)は、男子チームがもたらした収益(4990万ドル)よりも100万ドル近く多いというのだ。
「女子チームは、男女差別だという主張を客観的に裏づけた」と、クーキーは語る。「具体的な数字を示した以上、その主張はもはや主観的なものではない。道徳や倫理に訴えるものでもなくなった。さまざまな尺度で見て、女子チームのパフォーマンスのほうが、男子チームのパフォーマンスを上回っていたのだ」
同じようなことは、企業の世界でも数多く起きている。
たとえばナイキ。同社では昨年、従業員が全社的なセクハラ調査を実施し、経営幹部2人がセクハラ行為を繰り返していた明確な証拠をつかんだ。2人の経営幹部は、どちらも解雇された。
ピンタレストのトレイシー・チャウもデータを集めた。同社のエンジニアだったチャウは2013年、オープンソースのドキュメントを作成して、さまざまな企業における女性エンジニアの数をクラウドソースで調べた。そしてデータに基づき、テクノロジー職に女性が少ないのは「パイプライン問題」のせいだ(もともと女性社員が少ないため、大学の後輩などから女性を引っ張ってくるルートが確立されていない)というよくある説明を、女性が職場で直面する構造的な問題(女性エンジニアにしばしば向けられる敵対意識など)が原因だという議論にシフトさせた。
差別(とりわけ賃金格差)に立ち向かうときは、客観的なデータが特に重要になる。問題提起をする前に、社内で起きていること(関連がなさそうに見える出来事を含む)を詳細に観察・記録したノートを作成して、弁護士に相談し、自分ができることを自分で調べよう。
(3)強いリーダーを選ぶ
米国女子代表チームの賃金格差解消に向けた戦いでは、強力なリーダーシップがチームを結束させるカギとなった。彼女たちはフィールドの中でも外でも、ミーガン・ラピノー、カーリー・ロイド、アレックス・モーガンという、パワフルで能力の高いリーダーについていくことができた。とりわけラピノーは、事あるごとに、同等な賃金と、それが他の業界に与える影響を語ってきた。
「社会的に見て、つまりサッカーだけでなく、あらゆる場所にいる女性たちを考えたとき、平等でない合意に応じることはできない」と、ラピノーはNBCテレビで語っている。「これは交渉できる問題ではない。私たちを平等に評価してそれを態度で示すか、そうしないかの問題だ」
「ミーガン・ラピノーは、ジェンダーだけでなく、人種やセクシュアリティの問題でも、社会的正義を唱えることに非常に力を入れている」と、クーキーは言う。「しかも、とてもカリスマ性がある。特にスポーツの世界では、トップクラスの選手が立ち上がり、労働者としての権利を主張するのは(一般のビジネスの世界よりも)ずっとやりやすい」
ビジネスの世界にいる人は、自分の組織内で影響力のあるリーダーの協力を取りつけよう。すると、すでにあなたが関係を構築している人や、意思決定権者に影響力を持つ人から、同意や支持を得やすくなる。
それでも人事部があなたの訴えを真剣に受け止めてくれなかったら、多くの人を仲間に引き入れて、誰もが無視できない人物をスポークスパーソンにしよう。たいていの場合、それは一定の地位にある人を意味する。
あなた自身がリーダーになる場合は、容赦ない権利擁護活動を展開しよう。また、リスクを理解して、最も重要なことは何かを知り、それを受け入れよう。
(4)同盟を組む
今年7月、女子代表チームには強力な助っ人が現れた。米国サッカー連盟が裁判で、「実のところ、女子選手は男子選手よりも多くの賃金を得ている」と主張したことに対して、男子の米国代表チームが異議を唱えたのだ。「女子代表選手は同等な賃金を受け取る資格があり、裁判所または議会に法的救済を求めるのは正しい」との声明が発表された。
男子代表チームは、カルロス・コルデイロ会長率いる連盟が示したデータにも異議を唱えた。連盟の主張は、「女子代表チームの働きや、米国のスポーツ界に与えた深遠なインパクトの真価を貶める行為」であり、そのデータが「そのような行為を正当化するとは思えない」と述べたのだ。
女子代表チームは、世界中の有力者・団体から支持を得ることにも成功した。たとえば、ジョー・マンチン米上院議員は、女子代表選手が男子代表選手と同等な賃金を得られない限り、2026年に米国が共催予定の男子W杯に補助金を交付することを禁止する法案を提出した。
女子代表チームは全米の注目を浴びて、幅広いサポートを得ることに成功したが、一般の職場でも、強力な同盟の出現が事態を大きく改善することがある。たとえば、筆者がボランティアとして関わっている組織で、ある非白人女性スタッフが何の説明もなく突然解雇されたことがあった。彼女が、地元の有力な非白人女性や団体に連絡を取ると、彼らが組織の理事会に手紙を書いてくれて、それが調査につながった。
差別問題を雇用主に提起するとき、このような手法を真似て、組織の外の人や団体(とりわけ、あなたよりも大きな影響力を持つ人や団体)と手を組むことは重要だ。コミュニティや顧客、メディアから批判を受ければ、少なくとも事業主があなたの主張に気がつく可能性は高まるはずだ。