課題1:自己主張と協調のバランスを取ること
私たちが話を聞いた女性たちは、自分が昇進すべき理由を主張することについて、消極的であることが多かった。多くは、給料アップを要求する自信を持つだけでも大変だったと語った。
そんなことを要求すれば、反感を買うのではないかと不安だったからかもしれない。こうした不安には、十分な根拠がある。率先して交渉しようとする女性は、押しが強く、性に合わず、仕事仲間として好ましくないという印象を与えることが、過去の研究からわかっている。私たちが話を聞いた女性たちも、こうした印象を持たれることを恐れていた。
サーシャ(39)は政府系機関の管理職で、「単刀直入に物を言うことと、物事を強く要求したり攻撃的になったりすることは別の話だ。(後者は)好ましく思われない」と語った。コンプライアンス・品質管理部長のジェンも同意見だ。「私は基本的に、男性の同僚よりも人材管理がうまいと指摘しなければいけなかった。それはあらゆる意味で、私がやりたくなかったことだ」。健康業界の上級管理職であるスーも同感だ。「女性は自分の権利を主張するうえで、優れたロールモデルがいない。女性は自分よりも周囲のニーズを優先しがちだ」
●この課題を克服する方法
女性の場合、バランスの取れた主張をすることが、自分の希望をかなえるカギになる。つまり、「自己主張が強すぎ」とも「周囲に気を使いすぎ」とも思われないようにする必要がある。
そのためには、女性に対するステレオタイプを利用して、交渉相手に対する気遣いをアピールすべきだという意見もある。しかし、そのせいで過度に融通のきく人物だと思われてしまえば逆効果だし、自分らしくない振る舞いは、ストレスや不安の原因にもなる。
好ましい交渉結果を得るためには、「感じのよさ」と「自己主張」のバランスを取ることだ。そのためにはまず、相手のニーズを理解する必要がある。そのうえで、自分の希望を強く前面に出すべきである。
交渉を始めるときは、まず、自分以外の幅広い視点から問題点を示そう。あなたの要求が、あなただけでなくチームにもプラスになることを示すのもいい。たとえば、スタッフを増員してほしいという要求を、「自分が助かるから」ではなく、「チームがより効率的に機能するための追加リソース」と位置付ける。給料アップの要求も、個人的な要望としてではなく、チームへの貢献を踏まえた正当な対価と位置付ける。
慎重に言葉を選べば、自己主張と協調性の緊張関係をうまく管理できるはずだ。
課題2:感情をコントロールすること
ジェンダーにかかわらず、交渉は、さまざまな感情をかき立てるものだ。だが女性の場合は、交渉が失敗に終わることを恐れて、交渉に尻込みしたり、不安を覚えたりすることが多い。
とりわけ、交渉中や交渉後にイライラしたり、怒りを覚えたり、傷ついたりしたとき、それをうまくコントロールするのが難しいという女性が多かった。
ある女性は、長年一緒に仕事をしてきたパートナーと交渉した経験を話してくれた。話し合いの途中で、相手が反対意見をぶつけてきたため、彼女は激怒してしまったという。「話し合いが暗礁に乗り上げたとき、私は怒りを見せてしまった。大ゲンカと言ってもいいと思う」。だが、怒りは、女性が最も見せるべきではないと考えられている感情の一つだ。このため、彼女とパートナーの関係は大きく傷ついた可能性が高い。
最悪なのは、交渉中に感情的になり、その傷がいつまでも続くことだ、と語る女性もいた。交渉決裂にあまりにも失望して、フォローアップをしたり、機会を変えて改めて交渉を試みたりする気も起きなくなった女性も複数いた。
こうした経験から、私たちが話を聞いた女性たちは、自分の感情と距離を置く方法を知ることが、交渉を成功させる必須スキルだと語った。具体的な結果に個人的な思い入れを持たずに、事務的な姿勢を貫くべきだと助言する女性たちもいた。
●この課題を克服する方法
交渉前の不安を小さくしてくれそうな戦略が一つある。ストレスを利用して、防御的悲観主義(不安を感じていることについて期待値を下げて、別の側面にエネルギーを注ぐこと)を実践するのだ。
たとえば、交渉がスムーズにいかないと思うなら、相手がどんな反論をしてくるか予想して、それに対応する準備にエネルギーを注ぐ。相手が反論する方法と理由を予想して、それに対抗する追加情報を用意する。
このプロセスは、合意形成を妨げる問題点を把握し、それに備える助けにもなる。そして、準備をたくさんするほど、不安は低下するものだ。
交渉中は、個人的な思い入れと距離を置くことが、怒りや不安、苛立ちといった感情に飲み込まれないカギとなる。不安や怒りは、自分の中核的アイデンティティが脅かされたときに生じる感情だ。したがって、自分の中核的アイデンティティとは何かを理解しておくと、感情をコントロールしやすくなる。
交渉中に、自分の中にこうした感情が生まれてきたと感じたら、交渉をいったんストップして、その感情の引き金となる出来事から距離を置こう。自分の中に特定の感情が生まれる原因を探り、それに対処する戦略を練るチャンスをつくろう。「感情日記」をつけて、日々の出来事と自分の感情の関係を記録したり、信頼できる同僚と話し合ったりするのもいいだろう。こうした工夫をしていると、特定の感情を引き起こす原因を理解して、それをコントロールするために先手を打てるようになるはずだ。
交渉後は、ネガティブな感情を引きずらないようにし、その経験を次にどう活かすかに意識を集中しよう。厳しい状況に直面したとき、自分が発揮したポジティブな能力と強みを記録するとともに、その交渉で自分が最も誇らしく思えた瞬間を振り返ろう。こうした訓練は、交渉の経験からプラス面を引き出すとともに、将来の交渉で使える自分の強みを把握する助けになる。
課題3:パワープレーを克服すること
相手の能力に面と向かって疑問符を投げかけたり、相手の案を無下に却下したりする「パワープレー」は、交渉相手に揺さぶりをかけるために、しばしば使われる手法だ。だが、この手法は相手の反発を招き、合意形成を一段と難しくする。
私たちが話を聞いた女性たちは、パワープレーの例として、上司が予定されていた話し合いに姿を見せなかったとか、女性側の要求に対して恐れおののいたような態度を示したとか、わざと不安定で予測不可能な態度を示して悲観的な見通しを演出したと語っていた。このような態度は、実のところ攻撃の一種であり、交渉を脱線させたり停滞させたりすることを狙っている。そうすることで女性を守勢に立たせて、うまく要望を伝えられないようにしているのだ。
交渉において、女性は男性よりも多くの抵抗に合うことは、これまでの研究からわかっている。それでも粘るには、どうすればいいのか。多くの女性が、挫折を失敗と考えずに、「態勢を立て直して、再びチャレンジする」重要性を強調した。
●この課題を克服する方法
重要なのは、踏みとどまる力をつけることだ。最近の研究では、自分のニーズに合うように組織の方針と仕組みを変えることに成功した人は、必要な支持を集める交渉に最大1年半かけていることがわかった。つまり、抵抗に直面しても、それを克服して粘る自信を持てば、女性が成功する可能性は高まる。
そのための重要な第一歩は、柔軟性と独創性を示すことだ。また、少々の挫折を「一巻の終わり」と考えるのをやめること。そうではなく、失敗は交渉相手について学ぶチャンスだと考えよう。加えて、「なぜなのか」「なぜだめなのか」を頻繁に自問しよう。すべての挫折は、将来直面するかもしれない抵抗のヒントを与えてくれる。こうした情報を使って、将来抵抗に遭ったときの建設的な対応パターンを用意しておくといいだろう。
今回の聞き取り調査から明らかになったポイントは、大きく分けて2つある。第1に、女性は基本的な交渉スキルを磨いて、もっと自信を持つ必要があること。第2に、私たちが考えた通り、女性は交渉において男性とは異なる課題に直面することだ。
このため女性と男性とでは、交渉の経験の仕方が異なる。これは、女性の交渉の受け止め方と、交渉当事者としての受け止められ方に、ジェンダーステレオタイプが大きな影響を与えているせいでもある。
だが、これらは克服できないものではない。慎重に計画すれば、感情をうまくコントロールし、反対に遭った場合の対策を用意して交渉に臨み、自分の希望をかなえる方法を学ぶことができるのだ。
HBR.org原文:3 of the Most Common Challenges Women Face in Negotiations, September 30, 2019.
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